クエスト7-5 凶星
温泉と料理を満喫した翌日。
俺達は月蛍亭で朝食を取っていた。
「ほう、エンキ山へ向かわれるのですか」
何かの準備をしている月蛍亭の主人が話しかける。
今日から本格的に営業するようだし、色々あるのだろう。
「はい。火の大精霊に会いに行くためです」
「確かに、あの山には強大な力が眠ると聞きますね。ですが気をつけてください、あの山には命を食らう赤い霧が出ると聞きます」
命を食らう赤い霧……?
「それに最近、この近辺には素性の分からない、強大な力を持った荒くれ者がうろついていると噂になっております。くれぐれもお気をつけください」
素性の分からない、強大な力を持った荒くれ者か……もしかして、偽物の勇者か?
日本に近いこの場所なら、滞在している可能性はあるな。米食えるし。
「でもよ、んなもんどうやって見分けんだ? 冒険者ってのは全員よく分かんねーもんなんじゃねーのか?」
「確かに……」
タンデが口を挟み、リズも同意する。
彼の言った通り、冒険者は全員が素性の分からない連中のようなものだ。見た目で判断できる保証は無い。
「実はですね、見分ける方法が2つあるらしいのです。1つは、聞き慣れない単語を当然のように話すこと。もう1つは確か……ああ、そうそう。ミザン稲の事を聞いてみてください」
「ミザン稲を?」
「ええ。その者達はミザンをコメ、或いはハクマイと呼ぶそうです。他にも、シロゴハンとも呼んでいたそうな……」
米、白米、白ごはん……!
偽勇者の正体を日本人の転生者であると仮定するなら、これでほぼ確実に炙り出せる。
器に盛られた状態の白米を稲と言う日本人はそうそういないからな。
「なるほど……ありがとうございます」
ともかく、色々と用心した方が良さそうだ。
鍛錬もそうだが、道具の確認も今一度やっておこう。
……………………
………………
一通りの作業を終わらせた後、オニガミネを離れてエンキ山に向かう。
やや鬱蒼とした森の中の、雑草の海に沈みかけている道を歩く。
平坦でない道を歩くのはもう慣れっこだが、道が分かりにくいのは中々骨が折れる。
「なあシンヤ」
「何だ?」
「エンキって山登るために山ほど道具買い込んでたけどよ、あんなにいるか?」
「備えは多い方がいいだろ。転ばぬ先の杖ってな」
それにピスがいるから咄嗟に出さなくていい分の容量には困らないし。
「なにそれ」
「いずれにせよ、適宜休息は取る予定だ。体調が悪化したら言ってくれ」
「はーい」
そうしてエンキ山に向けて歩き続けるが、ふと何かを感じる。
それが何かを考える前に、妖精態で先頭を行くピスが動きを止めた。
「どうした?」
「こ……この近辺、北西の方角から非常に強い魔力反応があるのデス……!」
ピスの声は震えていた。
「この感じ……相当ヤバいよ。多分、ぼく達じゃ一撫で殺されちゃう……」
後ろから青ざめているかのようなリズの声。
2人の報告に、空気が一気に張り詰める。
俺は魔力の類はあまり感じる事はできないが、さっき感じた何かが強力な魔力反応なら合点はいく。
どうやら、かなりまずい状況に陥ったようだな……!
「ピスさん、魔力反応から属性ってわかる?」
「それが……識別が出来ないのデス……まるで全属性が混ぜこぜにでもなっているかのように曖昧な感じがするのデス」
「やっぱりか……これだけ強い魔力なのに属性が分からないってのは、不気味かも……」
「シンヤ、どうする?」
「そうだな、相手にならないなら今は逃げるしか……ん?」
周囲を見回しつつそう言った時、ふと目の前に黒い妖精態のピスらしき何かが現れる。
移動したのかと思ってピスの方を見たが、ピスは今までいた位置から動いてない。
何だこいつ? ピスの仲間か?
「ピス、こいつは……」
俺が言い終わるよりも早く、黒いピスもどきからけたたましい警報音が鳴り響く。
「な、何だ!?」
「うるせー! 何なんだこいつ!」
「ピスさんが2人!?」
「ぼ、ボクは何も知らないのデス!」
困惑する俺達など意に介さず、なおも鼓膜を破らんばかりの音量で警報を鳴らすピスもどき。
一旦逃走しようと算段を立てた時、ピスもどきは俺から見て10時の方向にある低い崖の上へと移動する。
「うふふ……見つけた。結構便利じゃん、このピースワーカーっての」
飛んでいったピスもどきの側に立っていたのは……
「やあっと見つけた。また会えたね、私の進也君♡」
俺の幼馴染にして俺にとっての宿敵、相澤だった。
「な……」
髪の色は桜色に近いピンクに、瞳の色は若葉のような緑色になり、青と白の軍服を魔改造したような服を着ており、一瞬見ただけでは別人に見える。
だが、苛立つほどに整った顔つき、挑発的なにやけ面、脳裏に焼きついた声は、紛れもなく奴のものだった。
「何故ここにいる、相澤!!」
勇者の剣を顕現させ、その切っ先を奴に向ける。
クソッ、最悪だ! クソッ!!
「ちゃんと覚えててくれたんだぁ、嬉しいなぁ! でも、今の名前は一応ミーティアなんだよね」
「黙れ、質問に答えろ!」
「もう、せっかちさん。他の奴なら殺してたけど、進也君だから教えちゃう。えーと、何故ここにいるのか、だっけ?」
奴は勿体つけて少し黙る。
状況が状況ならそのまま叩き斬ってやりたいくらいだ。
「そんなの決まってるじゃん。連れ戻しに来たんだよ、進也君を」
「何……!?」
連れ……戻しに……?
「光太郎おじさんも薫おばさんも優佳ちゃんも、皆進也君の事を待っているんだよ? なんとも思わないの?」
光太郎、薫、優佳。俺の両親と妹の名前だ。
家族ぐるみでの付き合いも多かったし、奴が知ってるのも普通だ。
だが、待っているって何だ?
こいつは神にでもなったつもりなのか?
「ねえ、帰ろうよ。そんなDランクのNPCなんていうゴミクズなんか捨て置いてさあ!」
目を見開き、相澤は叫ぶ。
グダグダ考える必要も無いな。
答えなど、最初から決まっている。
「お断りだ!!」
啖呵を切り、剣を構える。
煮えたぎる憤激のあまり、剣の柄を壊しそうなほど強く握る。
今この場で奴をこの場で叩き斬ってやりたいが、奴の恐ろしさは俺がよく知っている。
こいつにはありとあらゆる才能がある。
あらゆる教科も、あらゆるスポーツも、一瞬のうちにマスターしてしまう。こいつはそういう奴だ。
戦闘に関してもそうに違いない。
加えて、ピスとリズが露骨に警戒する魔力量だ、無策で戦えば散々弄ばれた上で殺されるだけだろう。
であれば……
「よく分かんねーけど、いけ好かない野郎だぜ……どうするよシンヤ?」
「待ってくださいデス! あの方はメアシス様の言っていた、ボク達の世界を踏み荒す偽物の勇者である可能性が高いのデス! 交戦するのは危険デス!」
武器を構えるタンデを、ピスが必死な声で止めに入る。
「ピス、可能性が高いどころじゃない。100%だ。なにせ俺と同じ世界の人間だからな」
「だったら尚更なのデス!」
「危険なのは承知だ。だが、一斉に背を向けて逃げても逃げきれないだろう。奴の狙いはどうせ俺だ、だから俺が最後尾を受け持つ」
あくまで相澤から目を離さず、そう指示する。
奴は何でも出来る女だ、一瞬の隙が命取りになりかねない。
「シンヤ、無茶だよ!」
「大丈夫だ、後で追い付く」
奴の表情が変わった……仕掛ける気だ!
「早く行け!」
「そっかぁ、NPC共が進也君が帰るのを邪魔してるのかぁ……」
相澤が背中に手を回すのが見えた。
何か来る……!
「消えろよ」
奴が取り出したのは、拳銃。
気が付けば、俺はリズの前に出て盾を構えていた。
変わる表情。
轟く銃声、煌めく閃光。
胸から広がる熱、訪れる静寂。
全ては一瞬だった。
長い長い、一瞬だった。
「ぐほっ……!」
「シンヤ!?」
リズの叫びと喉から吐き出た血塊、そして無限に広がる痛みで、一気に現実に引き戻される。
奴の銃撃は盾と鎧を貫き、俺の胸に命中したのだ。
「……! ……!」
一気に視界が遠のき、力が抜ける。
身体が重い、熱い。
クソッ……一撃、かよ……
「……! ……!」
「…………!」
だめ、だ……なに、も、みえ、な……
くそっ、こん……な……と……ころ…………で……
おれ……は……
ミーティア/相澤きらら:何らかの方法で日本から異世界テラステラに入り込んだ、進也の幼馴染にして、あらゆる才能に恵まれた神童。
表向きは気さくな少女だが、その実態は周囲の人間を物としか見ていない傲慢な性格。
シンヤに対しやたらと執着している。




