サブクエスト10 撤退戦
相澤きらら、もといミーティアが放った射撃を受け、血を吐き倒れるシンヤ。
「あ…………え…………?」
崩れ落ちるシンヤの背中を、リズはただ見ていることしかできなかった。
何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
それはピスもタンデも同じであり、元凶となったミーティアでさえも、動揺によって震えていた。
静寂の中、地に倒れ伏すシンヤ。
「お前ら! 逃げるぞ!」
最初に我に帰ったのは、タンデだった。
本能で敵の強さを察知したタンデは、シンヤの元に駆けつける。
彼を背負うと、タンデはリズとピスに言葉をかけた。
「早く行くぞ! 死ぬ!」
リズとピスもタンデの声によって現実に戻り、彼の後を追う。
「嘘……なんで……なんで進也君からこんなに血が出てるの……? おかしい……だってここは……ゲーム……なんで……どうして……進也君……私の進也君……」
一方のミーティアは震えながら、消え入りそうな声で独り言を繰り返していた。
タンデ達の行動は、目に入らない。
彼女は、自らがシンヤを撃った事に対するものというよりはシンヤが重傷を負い、大量出血した事に対して大きな動揺を見せていた。
「ふむ……これは少々まずい事になったね」
そんなミーティアの背後から、ジョーカーが音も無く現れる。
「ハルちゃん! 進也君が……!」
「知っているとも。彼も君達と同じように試遊用の特別なパラメータを設定したはずだが……どうにも書き換えられているようだ。恐らく、ニヴァリスの仕業か……」
「ニヴァリス……?」
「オフラインプレイ用のガイドAI、作中では勇者たるプレイヤーを支援する女神さ。自律行動を行うが、あれはまだ調整不足だったんだ。まさか、勝手に動き出したのか……?」
手元のタブレット端末を操作するジョーカーに、ミーティアは縋り付くようにして問いかける。
「ねえ、進也君を戻すにはどうすればいいの?」
「なに、それなら簡単だ。私の元へ彼を連れてこれば、どうとでもしてみせよう。彼はニヴァリスに騙されているんだ」
「そっか……じゃあ、進也君を救出しなくっちゃね。その際に不幸な事故が起きても、仕方のない事だよね?」
取り乱したミーティアの表情は、シンヤがにやけ面と評した笑みを取り戻す。
「まあ、NPCは所詮データの塊にすぎないが……悪人でもないのに殺すとは、随分と穏やかじゃないね」
「やだなぁ、殺すなんて言ってないよ。ちょっと不幸なことが起きるかもしれないってだーけ。ふふ、ふふふふふふふ」
ミーティアは笑いつつ、再び拳銃を握り締める。
その瞳は周囲の森を見回し、やがて逃げるタンデ達を捕捉する。
「ふふふ……遊んであ・げ・る」
獲物を見つけた肉食獣にも似たぎらつきを笑みの中に浮かべ、ミーティアは地面を蹴る。
「こ、この邪悪な魔力反応は……!?」
「ピス! あのわけわかんねーのは来てるか!?」
「まだデス! デスが、奴の隣に恐ろしく邪悪な魔力反応があるのデス!」
「恐ろしく、邪悪な……?」
「あっ、奴が動き出したのデス!」
ピスが邪悪な魔力について話す前に、背後から銃撃が飛ぶ。
「うわっ!?」
「野郎、もう追いつきやがったのか!」
「さーて、進也君を返してもらおうかァ!!」
木と木の間を縫うように跳び、化け物のような凄まじいスピードで追いかけるミーティア。
そのあまりに膨大な魔力は、姿を見なければ人であると認知できないものであった。
「そぉれ1発!!」
シンヤを背負うタンデに追いついたミーティアは、腰に提げた剣を抜き、縦に1回転して振り下ろす。
「このっ! ……!?」
白く輝くミーティアの剣は、タンデが咄嗟に繰り出したダガーの刃をいとも容易く叩き折り、折れた刃を光の粒子にして消し去る。
「チッ!」
タンデは電気のようなオーラを纏ってより獣の姿に近い獣人態へと変身し、折れたナイフをミーティアに投げ、そのまま後ろに跳んだ。
折れたナイフの刃がミーティアに当たり、その額にほんの小さな切り傷を付けるが、その傷は緑色の光となって瞬時に消え去った。
「へぇ、変身するんだ。おもしろーい」
「命与え奪う水よ! 今ここに集い、塊となりて捕縛せよ! スライム・ショット!!」
笑みを浮かべながら2撃目を繰り出そうとしたミーティアに、彼女の背後にいたリズがスライム・ショットを放つ。
リズの撃ち出した水の塊はトリモチのようにミーティアの足に絡み付き、踏み込みの距離を狂わせる。
「へぇ、やるじゃん。Dランクのくせに」
ミーティアは嘲るような口調と表情とともに、銃口をリズに向ける。
「!」
「光よ、我らを隠す外套となれ! フラッシュ!」
まるで巨大なドラゴンにでも睨まれたかのようなプレッシャーに怯んだリズ。
彼のすぐ前にピスが飛び、眩い閃光を放つ。
真っ白な光の中で銃撃が轟き、
「うぁっ!?」
その弾丸はリズの右肩を貫いた。
リズは痛みのあまりよろめき、持っていた杖を取り落す。
視界が晴れると、ミーティアは負傷したリズを無視し、シンヤを背負うタンデに狙いをつける。
「させない……!」
駆け出したミーティアに向けて左手を構え、魔法を唱えようとするが、
「目障り!」
即座にそれを察知したミーティアは瞬時に振り向き、リズに向けて弾丸を放つ。
「いあ……っ!?」
再び銃声が轟き、リズの構えた左手が血で真っ赤に染まる。
バランスを崩して倒れこむリズに目を向けることなく、ミーティアはタンデとの距離を詰めていく。
「テメェ! テメェハシンヤノ何ナンダ!」
タンデはじりじりと後ずさりつつ、ミーティアの次の行動に注視する。
ミーティアはそんなタンデに、1歩1歩着実に近づいていく。
「進也君は私だけのものなの。あるべきものをあるべき場所に戻すだけ」
「ケッ、テメェナンカニ渡スカヨ!」
「ざーんねん」
タンデがその言葉を聞いた瞬間、ミーティアの足が彼の腹を蹴り抜く。
「グアッ……!?」
タンデはふらりとよろめき、シンヤの下敷きになる形で前のめりに倒れる。
それと同時に、タンデの獣人態は解けた。
「決定権は貴方に無いの。NPCはNPCらしくさっさと死ねば?」
ミーティアは起き上がろうとするタンデの頭を踏みつけ、銃口を向ける。
「て……めぇ……」
「このぉーっ!」
ミーティアが引き金に指をかける直前、側面に回り込んだ妖精態のピスが低い場所から体当たりを仕掛ける。
ミーティアが反応して銃口を向けると、彼女の視界に今なお動かないシンヤが映る。
「! こいつ……ッ!」
「でりゃぁーっ!」
一瞬反応が遅れた瞬間を狙い、ピスは急上昇してアッパーカットのごとくミーティアの顎めがけて頭突きを放った。
ガン、という鈍い音が響いた刹那、ピスは即座に人間態に変身してドロップキックを放つ。
ピスはそのままタンデの眼前に倒れ、ミーティアは数歩後ずさった。
「タンデ様! 今のうちにシンヤ様とリズ様を頼むのデス!」
「お前は……お前はどうすんだ!?」
「ボクは、帰ってこれるのデス!」
ピスはタンデの問いに答えず、起き上がってフォースワンドを構え、ミーティアに向けて突撃する。
「光よ、我らを隠す外套となれ! フラッシュ!」
「同じ手が通じるとでも!」
ピスはミーティアに向けて閃光を放ち、ありったけの魔力を込めてフォースワンドを振り抜く。
直前で左腕を撃ち抜かれるも、ピスは一切怯まず攻撃を繰り出す。
「だったら、これで……!」
膨大なピスの魔力を受け取ったフォースワンドはフラッシュにも負けないほどの強い光を放ち、唸りを上げてミーティアに襲いかかる。
しかし、その攻撃は空を切る。
ミーティアは目を閉じてフラッシュを切り抜け、上体を反らしてピスの攻撃を回避したのだ。
「うぐっ……!」
直後にミーティアの足元から出現した長い土の手によってピスは首根っこを捕まれ、宙吊りにされる。
「あっははははははは! 渾身の攻撃を回避された気分はどう?」
「う……ぐ……」
苦痛に顔を歪めるピスに、ミーティアは嘲るように笑いかける。
「まあ、あんな攻撃はかーんたんに避けられるけどね。動きが単純、オーラが見え見え、同じ手段の焼き直し……これじゃ誰にも当たらないでしょ」
首を絞められる苦しみと魔力の枯渇により、ピスの意識は揺らいでいく。
円を描くように左手の人差し指をクルクルさせつつピスの方に向け、愉悦に満ちた表情でミーティアはそれを眺めていた。
「じゃあ……死ね」
その表情が一瞬で殺意に満ちたものに変わり、ミーティアが銃口を向けた瞬間、
「ディバイドフィールド」
電子音に似た声と共に、銃弾のように素早い魔法がミーティアに飛ぶ。
それはミーティアの背後の地面に着弾すると地面に光の直線を描く。
そしてそれは円となってミーティアを囲み、隔絶するように赤黒いドーム状のフィールドを展開した。
そのフィールドに押し出されるようにしてピスは土の手を離れ、それと同時に腕輪となってシンヤの左腕に収まった。
「腕輪が……!」
「腕輪が何だよ!?」
シンヤを担いだタンデと共に急いでその場から離れるリズは、その瞬間を目撃していた。
「今、腕輪がシンヤの腕に……あっ、うっすらだけど腕輪からピスさんの魔力を感じる……!」
「じゃああいつは無事なんだな!?」
「多分!」
「分かった! リズ、まだ走れるか!?」
「頑張る……!」
「クソッ、目ェ覚ましたら全部説明してもらうからな……! 死んだら許さねぇぞ、シンヤ……!」
タンデは独り言のように呟きつつ、リズと共にオニガミネと走っていった。
…………………
………………
「生きとし生けるものは……その傷、一体どうされたのです!?」
「オレはいい、こいつらを助けてくれ!」
「分かりました、その少年をこちらに!」
「彼の左腕の腕輪もお願いします!」
オニガミネの教会に駆け込んだタンデとリズは、神官にシンヤとピスの治癒を嘆願する。
事態の深刻さを察知した神父は、急いで治療室にシンヤを運び、治癒を開始する。
タンデとリズは教会内にいた神官に傷を癒してもらい、シンヤのいる治療室の前で待機していた。
「シンヤとピスさん、大丈夫かな……」
「シンヤなら大丈夫だ。あいつは海を流されてオレ達の村に辿り着いたくらいだからな。あいつも……まあ多分大丈夫だろう」
タンデとリズの間を、重い空気が包む。
しばらく経って治療室の扉が開き、治療を担当した神父が顔を出す。
何とも言えない表情をしたその顔から、リズは芳しくない結果を察する。
「神父様!」
「シンヤはどうなったんだ!?」
「傷は治りました。ですが、彼は何者かに魂を狙われています」
「魂を……?」
タンデとリズは首を傾げる。
「彼の精神は今、何か邪悪な力によって別の世界に引き込まれようとしています。もし引き込まれてしまえば、彼は目を覚ますことは無いでしょう」
「そんな……!」
「どうにかできねーのか!?」
タンデは神父に掴みかかる。
「この力は我々の手には負えません。全ては、彼の意思の強さにかかっています」
「そう、なのか……」
「それから、彼の左腕にある腕輪ですが、著しく魔力を消耗しているようです。少しずつ回復しているので、じきに元通りになるでしょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
……………………
………………
タンデとリズは、別室のベッドに運ばれたシンヤの傍に行き、様子を見る。
シンヤが心臓部付近に受けた銃弾の傷は元通りに塞がってはいるものの、一向に目を覚ます気配は無く、ピスも腕輪のまま沈黙している。
「邪悪な力って何なんだよ……魔王ってのはそんなにやべぇ奴なのか……?」
タンデの問いには、誰も答えなかった。




