第九話〜他者視点〜
……今日は、厄日かもしれない。
「朝から貴様のような下賤な血を継いだ奴の顔を見るなど、すこぶる気分が悪い!」
緑がかった黒髪で、僕を見下す第四王子……相手は認めたくないだろうけど、僕の腹違いの弟。
「…………」
「ふん!
言い返すことすら出来ぬとは、コレだから穢らわしい異国の踊り子風情が産んだ出来損ないは嫌なんだ!」
「っ……ちが、う……!」
母譲りの山吹色の髪が揺れ、隠すように俯いていた空色の瞳に怒りを灯して睨み返す。
「母は、穢らわしくなんか、無い……!」
例え、死んだ母を引き合いに出されようとも……言い返さなければ良かったんだ。
そうすれば、適当に鬱憤を晴らした第四王子は暴力を振るうことなく立ち去るんだから。
「っ……下賤な血を引くクセに!
このボクに口答えするなんて生意気だろう!」
「っ……!」
胸を突き飛ばされて、尻餅を付きそうになる。
「どうやらお前は、身の程も分からない愚か者らしい。」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべた第四王子に、頭の中で警鐘がなる。
「お前たち、この下賤な輩を池に落としてやれ。
そうすれば穢れた身体も、少しは綺麗になるだろう。」
一応なりとも形式上は、第三王子である僕の方が上なのに。
……母親の実家の力の違いで、何時だって見下される僕。
「っ……離せっ……!」
王子だけど王子じゃないと思っているのか?
いや……第四王子の母親側の権力があれば、僕に手を出してもお咎め無しと分かっているんだ、コイツラは!
「離せっ……離せよっ……!」
流石に三人がかりで捕まえられれば、抵抗なんて無駄かもしれない。
でも、まだ春先の冷たい池に落とされたい奴なんていない!
「(誰か……誰か、助けて……!)」
心の中で叫んでも、味噌っかす扱いの第三王子を助けてくれる人間なんて……居ない。
そんなこと……この十六年の人生の中で痛いほどに分かってる!
「(……風邪、ひかないといいな……)」
唇を噛み締めて、冷たい池に落ちる覚悟を決めた僕の耳に届いた…………
「……貴様らは、何をやっている?」
……低く不機嫌そうな声。
赤みがかった艷やかな黒髪。
切れ長の鋭い目に、怜悧な顔立ち。
薄い唇は皮肉げな笑みを浮かべた麗人。
「ひっ……第二王子、殿下……」
ざわりと空気が揺らめき、まるで重力が何倍にもなったような錯覚に陥る。
第二王子殿下を前にした全員が、許しを請うて跪きたくなる圧倒的な覇気。
「ほう……?
どうやら、王族の顔を判別出来る程度の目を持っていると見える。」
一歩……前に踏み出しただけなのに。
その威圧感に、存在感に……息が出来なくなる。
「あ……これ、は……」
蛇に睨まれた、蛇なんて可愛らしい物では無いけれど。
第二王子殿下の視界に映っている……それだけの事実に、恐ろしくてたまらない……!
「第四王子か。
蛙の子は蛙というが……陛下には似ることなく、気位だけは一級品の高飛車な女の血だけを継いだと見える。」
「っ……ぅ……失礼します……!」
感情の無い冷たい瞳に睥睨されて、耐えきれなかった第四王子が尻尾を巻いて逃げていく。
僕には言い返せても、圧倒的に上位の存在である第二王子殿下には言い返すことすら出来なかったんだ。
「………………」
突然の事態に、呆然とした僕は第四王子と取り巻き達が逃げ去る姿を見送るしか無かった。
「…………」
「っ……ぁ……」
第二王子殿下の瞳が……僕を捉える。
小さく震えてて、座り込んでしまった僕の身体。
「…………」
興味を失ったのか、すぐに瞳は逸らされ……背を向けられた。
「っ……ま、って……待って、ください……!」
自分でも情けないほどに、震えているとわかる声。
恥ずかしいほどに裏返ったけど……!
それよりも……僕から逸らした瞳に、一瞬!
一瞬だけ悲しみが宿っていた気がしたんだ……!
「…………何だ?」
ダメでもともと!
僕なんかが呼び止めても、振り返って貰えないと思っていたのに。
律儀にも足を止めて、振り返ってくれた第二王子殿下。
「あっ……あの!
た、たしゅけくれてっありがとうございました……!」
噛んじゃった……!
折角!勇気を振り絞ってお礼を言ったのに……!
「すっ、すみませ……」
「くっ、くくく……わざわざ私を引き止めたと思えば……可笑しな奴だ」
「ぅ……」
第二王子殿下に笑われた……。
あまりの羞恥に、俯いてしまう。
「……まあ、いい。
久々に面白かったぞ、第三王子…………褒美だ、受け取れ」
「え……」
俯いた僕の視界に靴が映る。
「っ……ぁ……」
思わず顔を上げれば、目の前に第二王子殿下がいた。
地面に座りこんだままの僕に合わせるように、屈んでくれた第二王子殿下の手が僕の頭を一度だけ撫でた。
「……桃饅頭は、口に合わぬか?」
「っ……合います!
大好きです、桃饅頭……!」
「……そうか」
頭撫でた第二王子殿下の手に乗った……桃饅頭。
第二王子殿下と桃饅頭が結び付かなくて固まってしまえば、引っ込めようとされて……飛び付くように受け取ってしまった。
「う……」
いつもの……遠目に見る不機嫌そうに周囲を威圧する第二王子殿下の表情よりも、何処か柔らかな微笑。
喉の奥で機嫌良さげに低く笑う第二王子殿下は……まるで漆黒の獅子のようで。
「…………」
立ち去って行く後ろ姿にまで、見惚れてしまった。
……今日は、僕の最良の日かもしれない……なんて、思ったことは秘密だったりする。




