第十話
黎深の執務室。
「(黒さーんぅぅぅぅっ!!
ぼく、僕っ!
出来るだけ優しくしたかったのにっっ!
したかったのにぃぃぃぃ!!!
またものすごーく冷たい台詞になっちゃったよぉぉぉぉっっ……!!!)」
「あー……ま、大丈夫じゃねぇか?
………………どっちかってーと、殺し合う運命を脱して、重度のブラコンを作りかけた気がするけどな……」
心の中で滂沱の涙を流して狼狽える黎深の頭を、黒龍は尻尾で撫でつつ遠い目をする。
「(うぅぅぅ……主人公の第三王子とちょっぴりでも仲良くなっておけば、殺されないで済むかなって……!
そんな打算がダメだったのかなぁ……!)」
「お前なぁ……ほんとーに、考えが後ろ向きっつーか……。
ぶっちゃけ、最終手段があるじゃねーか」
「(最終手段……?)」
黒龍の言葉に黎深は首を傾げてしまう。
「逃げりゃ良いんだよ。
この世界の果てまで、逃げて、逃げて。
俺は空も飛べるからなー…………喰わせて貰ってる負の感情と饅頭とかくらい分のお返しはしてやるよ」
「(っ……黒さんぅぅぅぅ!!
ほんとにっ!ほんっとーに!ありがとうぉぉぉ!!!)」
心の中で泣きながら叫んだ黎深が、ミニマム化した黒龍を縫いぐるみのように抱き締める。
「うおっ?!
こんのっ!やめろっ!!
俺は男に抱き着かれる趣味はねぇぇっっ!!」
「(黒さんぅぅぅぅ!!!)」
「………………あーもうっっ!!
……好きにしろ!」
自由な尻尾で黎深の頭を撫でながら、黒龍は諦めたようにされるがままになるのだった。
……数日後。
「(……ん?)」
いつものように執務室に向かって歩く黎深の視界の端。
木の陰から此方を伺う山吹色がチラリと見えた。
「……何をしている?
(え……もしかして、第三王子?)」
「っ……あ……」
木の陰に隠れていた山吹色が跳ねる。
「何用だ?」
「っ……要件は、なくて……」
「…………」
無言で見詰める黎深に、おろおろする第三王子。
「(え……何だろう?
もしかして、あの時に渡した桃饅頭のクレーム?!)」
「いや、何でそうなるんだよ。」
「(いや、だって……冷酷無比だとか、なんとか言われている僕に話しかける理由なんてないかなって。
見るからに、怖がっているみたいだし……それか……罰ゲームで嘘告ならぬ、血も涙も無い第二王子の持ち物を奪って来い的な?)」
「肝試しじゃねーんだから、違うだろ」
じゃあ何で話しかけてきたのか、と頭を悩ませる黎深。
「あ、あの……!
第二王子、殿下と……話して、みたくて……」
すみません……と尻すぼみになる第三王子の言葉に、黎深は心の中で目を丸くする。
「……私、とか?」
「っ……はい!」
確かめるように問い掛けた黎深を真っ直ぐに見返し、第三王子が頷く。
「(黒さんぅぅぅぅ!!
え?!夢……夢なのかなっ?!
黒さん以外に僕と話してみたいなんて人が現れるなんてっっ……?!)」
「おーおー、良かったなぁ。」
無表情ながらにも周囲に花を飛ばし、喜ぶ黎深に対し、面倒臭そうに欠伸をする黒龍。
「……くだらぬ」
「ぅ……やはり、ダメで……」
突き放すような冷たい声音に、第三王子の顔に落胆が浮かぶ。
「さっさと来い。
一々、話したいなどと許可を求めずとも……話くらいならば聞いてやる」
「え……あっ、はいっ!」
しかし、続けられた黎深の言葉に沈みかけた表情は、すぐに明るさを取り戻す。
「……私の執務室で良いな」
「はい……!」
まるで子犬のように黎深の後ろを追い掛ける第三王子の姿。
「……此処が……第二王子殿下の執務室……」
質実剛健。
絢爛豪華とは無縁の黎深の執務室。
「座れ」
「は、はい……」
応接用なのか、長椅子に座るように促された第三王子が戸惑いながらも、黎深の指示に従ってチョコンと座る。
興味深そうに周囲を見渡す好奇心旺盛な子犬のような仕草に、黎深の口角が上がる。
「……飲め」
「あ……ありがと……えっ?!
第二王子殿下は、お茶を淹れることが出来るのですかっ?!」
差出された湯飲みを思わず受け取った第三王子だったが、お茶を淹れたのが黎深であることに目を丸くして驚く。
「……貴様は私をなんだと思っている?
お茶くらい見様見真似で、誰でも淹れることは出来る。」
「…………」
ポカンとした様子の第三王子に、黎深も別の椅子に腰掛ける。
「……して、何が聞きたい?」
「あ……えっと……」
話を振られた第三王子だったが、特に何も頭に浮かばないことに焦ってしまう。
「(ゲームでは……まあ、主人公だし……可もなく、不可もない青年って感じだったけど……?)」
あくまでもゲームの主人公としてプレイヤーから見た第三王子は、大きな特徴も欠点もないように見えた。
「(たぶん……誰もが、ゲームの世界観に入り込みやすくするためだったのかもだけど……)」
穏やかで正義感もある普通の青年。
そんな青年がある日を境に追われる身となり、幾多の苦難を乗り越えて王となる。
「…………」
いつかの最後の時に、ラスボスとして相対するかもしれない主人公。
「(……やっぱり……僕は、そんな未来は嫌だな……)」
黎深と何を話そうかと焦っている第三王子に、しんみりとした気持ちになる。
「あの……!
第二王子殿下は、桃饅頭がお好きなんですか……!」
「……嫌いではない。」
「っ……」
「……たかが執務などで疲れるとは言わぬ。
しかし、日々の鍛錬などを熟すならば、多少の甘味を欲するのもまた事実だ。」
少しずつ。
まるで雪が春の訪れとともに溶けていくように。
「貴様も、甘味は嫌いではないのだろう?」
「……はい!
でも、第二王子殿下は凄いですね!
その……僕はまだ成人前ですし、序列も低いから執務など任されることはなくて……」
「ふん……落ち込む必要などあるまい。
成人を期に文官か、武官として身を立てる道も開けることもある。
私への世辞など無用だ。
一つ一つを熟していけば、自ずと道は開ける……ただそれだけのことだ。」
「ありがとうございます!
僕……立派な王族の一員になれるように頑張ります……!」
「……精々、足掻くが良い」
「はい!」
まるで飼い主に褒められた子犬のように満面の笑顔を浮かべる第三王子。
そして、捻くれた言葉ではあるが、何処か棘の少ない黎深の言葉選び。
その口元が、微かに和らいでいるのを黒龍は確かに見たし……弟と仲良くなれそうだと号泣する心の声も確かに聞いたのだった。
そんな歩み寄りかけた兄と弟。
そんな二人の日常に…………小さな暗雲は忍び寄っていた。
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