第十一話〜他者視点〜
「……夢、みたいだけど……夢じゃない……」
人生最良の日だと思ったあの日から。
「あの者共は、暇なのか?
……なぜ、貴様を嘲り、見下す?
そのような暇があるならば、矮小な己を磨かぬことこそ、恥と知れば良いものを。」
言葉は厳しいけれど、僕に差し出してくれた手は優しい。
「……待て。
なぜ貴様には侍従が付いていない?
本来、母親の身分に関係なく最低限の……ちっ!
範!私の侍従の中で、まともな輩を見繕って第三王子に付けろ!
文句があれば、この私に直接言えと申しておけ!」
僕の侍従が仕事を放棄していることを知れば、すぐに対応してくれた第二王子殿下。
「……礼などいらぬ。
私がやりたいことを、やっただけなのだからな。」
お礼を伝えても素直に受け取ってはくれないけれど、その優しさは本物だった。
「(……どうして……第二王子殿下は、僕に優しくしてくれるんだろう……?)」
味噌っかす扱いしかされたことがない僕。
何かに特別秀でている訳でもない。
「(この……冷たい宮廷の中で、僕に優しくしてくれたのは……母様以外で、初めてだ……)」
優しく頭を撫でてくれた母の掌。
幼い頃に亡くした温もりが、第二王子殿下に重なっていく。
「……何か……僕も、第二王子殿下に恩返しをしたい……!」
自由に出来るお金なんて無いけど……!
何か……第二王子殿下が喜ぶようなことが僕にも出来ないかな……!
「あ……そうだ……!」
そんな時に思い出したのが、亡き母から習った呪符の作り方だった。
何でも、母の家系は呪符術を得意とする一族だったらしい。
符に刻んだ文字で花を咲かせたり、符を小鳥に変化させたり。
「簡単なものなら、僕にも作れるかも……!」
そんな風に心を躍らせていたのが間違いだったんだ……。
「おやおや、そこを歩くのは味噌っかす王子じゃないか。
……最近、お前のせいで第四王子殿下のご機嫌が悪いんだよ!」
「……へえ?
何を大切そうに持っているんだ?」
楽しそうな僕が気に入らなかったのだろう……第四王子の取り巻き達に囲まれてしまったんだから。
「やめろっ!触るなっっ!!」
多勢に無勢で、無理矢理に人気の無い場所に連れて行かれた僕。
「……何だよ、大切そうに持っているから何かと思えば、ただの紙じゃないか」
「しかも、これ……裏紙だな。
王子のくせに紙一枚、まともに用意してもらえないとか!
さすがは、味噌っかす王子だな!」
ゲラゲラと嗤う奴らに、僕の怒りが昂ぶっていく。
「やめろっ!
それは……それは、第二王子殿下に……!」
「うざっ!
お前さー……何で、わかんねぇんだよ?
あの血も涙も無い冷酷無比な第二王子殿下が、お前みたいな味噌っかすを相手にするわけ無いだろ。」
「っ……」
「そうそう!
どうせ、第二王子殿下の気まぐれか、懐いた瞬間に手のひら返して絶望したお前を甚振るためさ!」
「お!それはマジで有りそうだな!」
「確かになぁ!
自分の部下の首を無表情で刎ねるのが趣味なんだっけ?」
「いやいや!
命乞いをする使用人を拷問するのが趣味らしいじゃん!」
視界が赤く染まる。
歯を食いしばり、爪が食い込むことも構わずに手を握り締める。
「……るな」
僕のことを何と言おうが、構わない。
「あ?何だよ?」
だけど……だけどっ!
「あの人のことを何も知らないくせにっ!
お前たちみたいな奴らが、第二王子殿下を語るなっっ……!!!」
怒りに呼応して、取り巻き達が奪った符がバチバチと火花を散らして輝く。
「へ……?」
「ひっ……?!」
「っ……何だよっその化け物はっっ?!」
光が収まった瞬間に現れたのは、バチバチと音を立てる雷を纏った獅子。
熊のように巨大な体躯の獅子が、取り巻き達を睨み付ける。
「っ……ぃ……ぁ……」
「だ……だりぇか……っ……」
怯えて腰を抜かした取り巻きたちに飛び掛かろうと体勢を低くした獅子。
「っ……ぁ……」
このままじゃいけないと分かっていても、恐ろしくて声も出ない……!
「だ……れ、か……」
助けてほしい……!
多分、僕の怒りで暴走した呪符が原因の獅子。
「(……たすけ、て……!)」
どうして良いのか分からない僕の脳裏に、赤み掛かった第二王子殿下の……兄の横顔が浮かんだ。
「っ……ぼ、くは……」
守られるだけの子供にはなりたくない……!
「ぼ、僕が相手だ……!」
必死で縺れそうになる足を叱咤して、取り巻き達と獅子の間に身体を滑り込ませる。
「っ……」
烈しい咆哮がビリビリと空気を揺らす。
怖くて堪らないけど……それでもっ!
僕に向かって振り降ろされる鋭い爪。
武器も、防具も無いけれど、せめて睨むことだけは止めないと決めた僕の前。
「……犬畜生が良い度胸だ」
赤みがかった漆黒の髪が滑り込んだのだった。
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