第八話
「……宮廷に仕える官吏でありながら、たかが計算すらまともに出来ぬとは、貴様らの頭にはおが屑でも詰まっていると見える。」
何で……?!
"ここの計算を間違ってますよ"と言いたいだけなのに、僕のお口はモラハラちっくな言葉に変換しちゃうのぉぉぉっっ?!
「ひっ……申し訳ありません……!」
「ふん……謝るだけならば猿にも出来る。
……今すぐに持ち帰り、担当した官吏に赤子からやり直せと伝えておけ。」
はいぃぃっ!と叫んで黎深の執務室から飛び出していく公務の書簡を運んできた官吏。
「(僕は……僕はっ……!
次は気を付けてもらえれば大丈夫ですよ、って言いたかっただけなのにぃぃぃぃっっ……!!)」
立派な執務机を苛立った様子で指先で叩く黎深の外見と内心の違いは、本日も絶好調だった。
「……人間って相変わらず馬鹿な生き物だなー。
表面上でしか、物事の判断が出来ないんだから。」
くわぁ……と欠伸をしながら呟いた黒龍。
「……龍などという人外の存在で有りながら、呑気な物だな。
神の如き力を有している輩とは思えぬ阿呆面よ。」
数日前。
契約をした途端に間の抜けた効果音と煙に包まれて変化した黒龍。
本人曰く、省エネモードというミニマム化した龍の姿。
その姿はまるで、デフォルトされた縫いぐるみのような可愛らしさだった。
「(いやぁぁぁっっ……!
もうっ本当に勘弁してよっ!
僕のお口は何でこんなに人様に喧嘩を売るんだよぉぉぉっっ!!!)」
「あー……?
別にさ、お前の心の中の声は俺にはダダ漏れだからイイんじゃね?
…………まぁ、俺としては負の感情が美味いからモーマンタイってヤツ?」
犬のように後ろ足で首元を掻きながら、黒龍はデロンと身体を伸ばす。
「(うぅぅぅ……僕はね、仲良くしてとは言わないから、道端に生えたぺんぺん草みたいな地味な存在になりたいよぉ……)」
誰にも気が付かれず、権力争いにも巻き込まれることなく平穏に生きて、寿命を迎えて穏やかに死にたい……。
「(……可愛いお嫁さんが欲しいとか、ハーレムを築きたいとか言わないから……!
だから……せめて、拷問とか、処刑とか、人間の姿をなくして死ぬとか……!
そんなのは勘弁してほしいよぉぉぉ……!!)」
「ムリだろ」
「(黒さんぅぅぅぅっっ!!!
タメ無しで却下しないでぇぇぇぇぇ!!)」
「黒さん言うな。
俺は真っ黒クロスケでも、グラサンでもねーから。
由緒正しい黒龍様だからなぁ。
つーか、俺の真名を教えてやってんだから、其処はせめて黒さんじゃねーの…………やっぱ、今の無し。
"こくさん"だと産地表記みたいで嫌だ。
まだ"くろさん"の方がマシだな。」
面倒臭そうな声音の黒龍に、黎深は心の中で滂沱の涙を流す。
「まー……そんなに泣くなって。
一応、俺が側に居てやってんだろ?
契約者であるお前以外には俺の声も聞こえないし、姿も見えないから、心の中で愚痴り放題じゃんか。」
「(うぅぅぅぅ……ありがとう……!
僕……黒さんに出会えて良かったよぉぉぉぉ!)」
黒さんという黎深の本当の気持ちを汲み取ってくれる貴重な存在に、心の底から感謝しかない。
「お前さー……うん。
何だろーなー…………中身のせいなのか?
変に保護欲を刺激される……つーか……別の意味で将来的に不安になる……」
「(へ……えっと……僕の死亡フラグが満載ってことっ?!)」
「………………ベーコン、レタスサンドの頭文字をとったアルファベットな心配は、この世界では前の世界以上にゼロじゃねーんだよ……」
「(黒さん……?
あの……よく聞こえなくて……?)」
「あー……気にすんな。
気にしたら負けだ、うん。」
低くボソリと呟いた黒龍の声が聞こえなくて、無表情で首を傾げる黎深。
「……一応、恋愛対象は女だと周知の事実にしておくことをオススメしとく。」
「(……?
よく分かんないけど、頑張る)」
頭の上に疑問符を飛ばしている黎深に、黒龍は深いため息をつく。
「(あ……そうだ、黒さん。
範さんに頼んで桃やお饅頭とかを手配して貰ったから、届いたら一緒に食べようね)」
「……は?何で桃?」
「(うん……?
だって、何かの漫画で仙人とかって桃を食べてたよ?)」
「あのな、俺は龍だから。
神仙の類じゃねーから。」
「…………生き餌の方が良かったということか?」
「生き餌、言うな。
基本的に喰わねぇ生き物なんだよ、俺は!」
「(でも、お饅頭で夫婦喧嘩して封印されたって……)」
「ぐぬぬ……覚えてやがった!
……食い物は、あくまで嗜好品みたいな物なんだよ!」
「(……じゃあ、一緒に食べれるね)」
「……そーだな」
外見は極悪王子にも関わらず、中身はほんわかしている小動物。
「(……妙な生き物だよな、コイツ……)」
変に振り回れそうだと、黒龍はちょっぴり契約したことを後悔した。
黎深と黒龍。
殺伐とした空気も漂う宮廷内で、緊張したり、ほんわかして過ごす毎日。
一人と一匹が契約してから早いもので、一月が経とうとしていた……そんなある日。
「(……執務は、王族の務めかもだけど……執務室に移動するだけでヒソヒソされるのにも……もう慣れちゃったなぁ……)」
黎深が歩くだけで官吏たちは道を開け、背後でヒソヒソと密談をするのだ。
「(……たぶん……僕も一人ぼっちだったら……耐えられなかったかも……)」
自分が通ったあとに、陰口を叩かれるなんて……決して、いい気分ではない。
そんな環境で、ずっと耐えていたゲームの"黎深"に同情心すら芽生えてしまう。
「(黒さーん……さっさと執務室に行って、お饅頭でも食べようね。
今日のお饅頭は、桃饅頭なんだって!)」
「おー……桃饅頭か。
黎深、範に言っとけ。
俺は、塩っぱいモンが喰いてぇ!」
「(塩っぱい食べ物……?
おやつになりそうな物で、何か有ったかなぁ……んん?)」
穏やかな空気で黒龍と言葉を交わしながら移動する黎深の耳が、小さな物音を拾った。
「……あれは……」
その微かな音を頼りに視線を向ければ、池の側に数人の人影が見えた。
「黎深?」
「(……関わっても……でも……)」
一瞬の逡巡。
しかし、人影の一人が他の者に押され、池に落ちそうになる姿が見えれば……黎深の足は、騒ぎに向けて一歩足を踏み出してしまうのだった。
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