第五十八話
「黎深っっ!!」「兄上っっ!!」
物凄い勢いで室内へと飛び蹴りの体勢で乱入して来た碧雲と黄河。
「お二人ともぉぉぉぉぉぉっっ!!
落ち着いてくださいぃぃぃっっ!!
これ以上っ!
建物を壊すと始末書だけじゃ足りなくなるんですぅぅぅぅっっ!!
おっさん数日は宮廷に缶詰生活ですよっっ!!
愛する妻と可愛い娘に会えないなんて!
おっさん干からびちゃいますぅぅぅぅっっ!!!」
「んあ?
んー……もう、遅くね?」
いやぁぁぁぁぁっっ!!!と、全身全霊で叫ぶ凌善に、どんまいと肩を叩く黒龍。
「黒龍、遅かったですわね。
妾に渡すお饅頭は手に入れましたの?」
「お前ね、黎深を強制的にリセット……記憶を真っサラにしようとするとか何考えてんだよ。
そんなことやられたら、饅頭どころじゃ無いっつーの!」
「まあ!
妾が貴方のお気に入りを虐めるとでも?
悲しみの涙に沈んだ妾の愛しい雛を慰めただけでしてよ」
「お前の慰め方は極端なんだよっ!
つーか、さっさと胸元から黎深を離せ、バカ野郎っ!
窒息死しかけてんじゃねーかっ!」
「窒息……?」
黒龍と会話を交わしながらも、黎深の頭を押さえたままだった白龍が、不思議そうに黎深の頭から腕を離す。
「っ……ふはっ……けほっ……ふっ……ぅ……」
ジタバタと藻掻いていた手足の動きが鈍くなっていた黎深が、肺に勢いよく流れ込んだ酸素に軽く咳き込む。
「…………あら、まあ……人間とは、少しの時間でも酸素が吸えない程度で死にかけるのですね……」
「おまっ……?!
人間に引っ付いて旅したことがあるくせに、そんなことも知らなかったのかっっ?!」
「……人間とは、脆い生き物ですわね……」
咳き込みながら涙目で深呼吸をする黎深に、目を丸くする白龍に黒龍が突っ込む。
「…………れい、しん……?」
「えっ……まさか、あの子は黎深兄上なのですかっっ?!」
寝台の上に居る十歳にも満たない幼子を見た碧雲が、信じられないといった様子で呟く。
「ふ、う…………あに、うえ……?」
「っ……」
「ふえっ……へき、うん兄うえぇ……」
ひっく、ひっくと泣き出した黎深に、白龍の存在も忘れて碧雲が近付く。
「黎深、もう大丈夫だよ。
兄が迎えに来たからね。」
「……兄上っ……うっ、うぅぅ……くるしかった、です……!」
大きな猫目からポロポロと零れ落ちる涙。
躊躇うことなく伸ばされた幼い黎深の両腕。
「一緒に……帰ろう。」
「はいっ……!」
涙を流しながら……だが、何処か安心した様子でしっかりと頷いて碧雲に抱き着く黎深。
「っ……」
幼い弟の、黎深の真っすぐに示される信頼と愛情の宿った姿に、碧雲の心が締め付けられる。
「……あのぉ……」
「何だ、人間?」
「まさかの人間呼び…………あ、いや……まさかとは思うのですが、あの幼子は第二王子殿下だったり……?」
「見てわかりませんか?
妾と黒曜の雛になる予定の可愛い黎深でしてよ」
「…………誰か、嘘だと言って……」
凌善は、控えめに言って絶望する。
王族の一人、しかも第二王子が子供に若返ったとか、どう事態の収拾に当たればいいんだっっ?!
「てーか、何で黎深を子供にしてんだよ。
それに、俺とお前の雛って何言ってやがる」
「人の世の縁など忘れ去ってしまえば、可愛い黎深の苦しみも、悲しみも消えますわ。
辛いことなど忘れて、妾と貴方の雛として生まれ変われば、あの者は幸せになれると思ったのです」
「お前、巫山戯んなよ。
黎深は、そんなことを望んで……」
「ええ、知っていますわ。
あの者は、忘れさせようとした妾に抗い、己という存在を守り抜きました。
……流石は、黒曜……貴方が気に入っただけのことは有ります」
「ふん……アイツは、泣き虫で怖がってばかりだが……強い奴だからな。」
黎深が白龍に抗ったと聞いて、何処か誇らしそうな黒龍。
「…………ですが、黒曜」
「あー?」
「あの可愛らしい黎深に、"父上、格好良いです!僕も父上のようになりたいです!"と言われたくは有りませんか?」
「……………………」
「"父上!僕に力の使い方を教えて下さい!"とか。
"父上は僕の憧れです!大好きです、父上!"とか……」
「………………………攫うか?」
黒龍にも、一瞬だけ魔が差した。
幼い頃から愛情を注がれて、素直なままで育った黎深でも、今のように表面上は口下手無表情な黎深でも……雛として可愛がるのは有りだと思った。
「駄目に決まっているでしょうっっ!!」
「うおっ?!」
そんな黒龍の視界に、山吹色の頭が飛び込んでくる。
「兄上は、兄上です!
僕の大切な兄上を誘拐しないでください!」
「あー……わりぃな。
実際にはしないから、許せ。」
プンスカと怒る黄河に苦笑する黒龍。
「……あの……」
「どうしたんだい、黎深?」
「えっと……碧雲兄上は、どうして大人になっているのですか?」
泣いて赤くなり、まだ潤んだ瞳の黎深が不思議そうに首を傾げる。
「え……?」
「ぼくの知っている兄上は、まだ十ニ歳で……でも、碧雲兄上は大人だけど碧雲兄上だなって思うのですが……」
黎深の問い掛けに室内の空気が凍る。
「……黎深……君は、今何歳だい……?」
「はい、ぼくは先日七歳になりました」
「ッッ……?!」
頬が引き攣りそうになる顔を根性で押し留める碧雲。
「黒龍様っ?!」
「……おい……白龍……?」
「ふふ!
ごめんなさいませ、黒曜。
ちょっぴりやり過ぎちゃいましたわ!」
テヘッ!失敗しちゃった!と、笑って誤魔化す白龍に、室内の人間達は無言の悲鳴をあげるのだった。
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