第五十六話
「お褒めの言葉をありがとうございます!
僕は黎深兄上の一番の弟ですからっ!
絶対に偉大な黎深兄上を超えるような男になることが目標なんです!」
「おー、頑張れよ」
ワシワシと黄河の頭を乱暴に撫でる黒龍(人間の姿バージョン)に、周囲の人間たちは目玉が落ちそうなほどに驚く。
「え……え、えっ?
りゅう、じんさま……え……?」
「なに、この距離感?
親戚のお兄さん的な感じ?
おっさん、意味わかんない。
理解不能すぎて……え、俺死んだ?」
そんな黒龍と黄河の気安い距離感とやり取りに、碧雲と凌善が狼狽する。
「んあ?
お前、死にてーの?
死後の世界に旅立ってみるか?」
凌善の呟きを拾った黒龍が、黄河に向けた時よりも冷淡な声音で問い掛ける。
「すんません!
本気で地面にめり込む勢いで謝りますから、勘弁してくださいっっ!!
俺には大切な妻と娘が居るから死ねないんですぅぅぅぅぅっっ!!!」
「へー……んじゃ、黎深が兄貴に歩み寄ろうとしたのに、邪魔した奴らの処分をよろしく。
…………死刑にしろとか言わねぇけど、手ぇ抜いたら許さねーから。」
「はっ、はいぃぃぃぃぃぃっっ」
地面にめり込む勢いで頭を下げる凌善の返事に頷き、黒龍は視線を碧雲へ向ける。
「……で、お前さ。
やっと弟と向き合おうとしたかと思えば、中途半端なことやってんじゃねえよ」
「っ……龍神、様……」
平伏したままの碧雲の頭上から、まるで刺すような視線が振り注ぐ。
「地位だとか、そんなモンは知らねー。
俺は、興味ねえ。
人間の事情なんざ考慮してやらねー。
だから、周囲に何と思われようが、本当に弟を大切だと思ってんなら……」
燃え上がるような怒気を孕んだ瞳で、黒龍は唸るように呟く。
「その他大勢のどうでもいい人間なんざ殴り飛ばして……」
諦めるばかりの黎深が正しい訳じゃない。
たが、自尊心低めで、寂しがり屋な黎深が、やっと踏み出そうとした小さな一歩。
「泣くことも出来ねえ傷付いた弟を追いかけろってんだよっっ!!」
平伏したままの碧雲が、黒龍の言葉に息を呑み、爪に土が入り込むことも気にせずに強く握り締める。
「ふん……つーか、お前の弟は黎深だけじゃねえしな。
他の弟がいるから、黎深は要らねーよな。
……だから、俺と白龍で黎深は貰ってやるよ。」
「…………っ」
「俺と白龍の眷属として、人の世から切離し、大切に愛でてやる。」
「駄目だっ!」
犬歯を覗かせ、口角を吊り上げて嗤う黒龍に対して、碧雲が顔を上げて叫ぶ。
「黎深は私の大切な弟だっ!
第三王子、黄河も、翠烈もっ!
全員!私の大切な可愛い弟達だっっ!!」
平伏していた体勢から立ち上がり、余裕綽々で嗤う黒龍をキツく見据えて碧雲は宣言する。
「例え神が相手でもっ!
私の大切な弟たちは、黎深は渡さないっっ!!!」
「……王太子殿下……」
驚いたように目を見開いた黄河。
碧雲の言葉に、黄河は微かに頬を染め、少しだけ口元を緩ませた。
「へえ?
人間如きが神に敵うとでも?」
「私は、敵わないからと諦めるような人間ではない。
泥にまみれようと、地に叩き付けられても!
無様でも、愚かでも!
絶対に弟たちの手を離したりなどするものかっっ!!!」
死を覚悟して、碧雲は叫ぶ。
いや、例え首だけになっても、喉元に喰らいついてやる覚悟だった。
「そーかよ。
だったら、さっさと会いに行け。
黎深がお前に会うか知らねーけどな。」
「……良いのですか?」
シッシッと野良犬を払うような仕草をする黒龍に、拍子抜けしたような表情を浮かべる碧雲。
「どうせ、白龍が側に居る………………え゛?」
「……黒龍様?」
黒龍が浮かべていた余裕の笑顔が、一瞬で引き攣る。
戸惑うように名を呼ぶ黄河に、錆び付いたブリキの玩具のように黒龍は首を動かす。
「あー……うん」
「…………黒龍様、"うん"では分からないです」
「どんまい…………人生とは、諦めの連続だったりするぜ♡」
白い犬歯が輝く素敵な笑顔で応える黒龍。
「………………範さんに頼んでエビチリ禁止令を出して貰ってもいいですか?」
「すいませんぅぅぅぅっっ!!
全力で謝るから範特製のエビチリ禁止令だけは勘弁してくださいっっ!!!」
可愛らしい笑顔なのに、目が笑っていない黄河の言葉に、黒龍が全力で応えた。
「……で?
黎深兄上の御身に何があったんですか?」
「黎深の身にっ……?!」
「…………え゛?
おっさんの胃痛がまだ治まってないのに、被せてきゃう感じ?
ちょ、マジで勘弁してくれませんか?
おっさんの胃に穴が開く十秒前何ですけどぉぉぉっ!!」
黄河、碧雲、凌善、三者三様の反応に黒龍が目を逸らす。
「…………余計なことすんなよって、白龍に目で分かり合ったつもりが、つもりだった……。
白龍が、ちょびっと余計なことをしちゃった的な……感じ?」
テヘッと言わんばかりの黒龍の反応に、黄河達は白目を剥きそうになるのだった。
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