第五十二話
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黎深と目が合った瞬間に息を呑み、歪んだ第四王子の顔。
「(あー……うん、お互いに気不味いよね……)」
何かに駆り立てられるように、修練場から無言で立ち去ろうとする第四王子。
その姿に、黎深も何と声を掛けるべきか迷う。
「(僕なんか、関わらない方が良いよね……)」
そう思った黎深が立ち去ろうとする第四王子を見送ろうとして…………微かに目を見開く。
「っ……」
傷付き、怯えた幼子のような瞳が……まるで、幼い頃の黎深のようで。
思わず掴んでしまった明らかに華奢な第四王子の腕。
「ひっ……」
第四王子が小さな悲鳴を上げて、身体を震わせる。
「っ……申し訳ありません、何か気に障るような真似を……」
「(どどどどうしよぉぉぉぉっっ?!
思わず腕をつかんじゃたぁぁぁぁっっ?!)」
可哀想なほどに震え、不安と恐怖に瞳を彷徨わせる第四王子に、黎深は心の中で頭を抱えてしまう。
「(何とかっ……何とか、誤魔化さないと……!)」
思わず腕を掴んでしまった理由を探して、黎深は光の速さで脳みそを回転させる。
「……剣はやめておけ。
(えっと……えっと、そうだ……!
剣!剣は、やめておいた方が良いかなーって……ごめんなさいっっ!)」
優しく言いたいのに、ぶっきらぼうな声音になる自分の口に、黎深は心の中で涙声で叫ぶ。
「……っ」
「……お前は双剣か、片手剣……細剣の方が向いている。
(あの!
重さで斬る剣よりも、速さと軽さに重点を置いている武器の方が使いやすいんじゃないかなって……)」
「……え……第二王子殿下……?」
また、自分の存在を否定される。
瞳から光が消え、俯く第四王子の耳に黎深の声が届いた。
「……あ、の……」
「(……黄河くんの件を、僕が責めることは違う気がする……。
責めるよりも……まずは、この子のことを知りたい……)」
恐怖に瞳を揺らしていた第四王子が、困惑した様子で恐る恐る黎深の顔を見上げる。
「……兄、だ」
「……え……」
「兄と呼べ……と、言っている」
第四王子の泣きそうに歪む瞳の中に、黎深が映る。
黎深には、目の前の第四王子が周囲の心無い言葉に振り回され、兄と決別したばかりの頃の己に重なってしまう。
「……あに、う……え……?」
「……それで良い、翠烈」
「っ……ぁ……」
黄河に触れるよりも、更に慎重に黎深は第四王子・翠烈の頭を撫でる。
「……ぅ……兄うえ……」
初めて……産まれて、初めて優しく触れて貰った。
優しく頭を撫でる黎深の手の温もり。
「(……これは……ゆ、め……?)」
誰かに、優しく触れてもらう。
誰かに、優しく名前を呼ばれる。
翠烈には物心付いた頃から、そんな経験など無かった。
「……私は、泣いている輩に興味などない。
ゆえに、お前が私の側で泣いていようと口は出さぬ。
(泣いている子を虐めたりしないよ。)」
「……っ……」
「だから、お前が私の側で泣いていようと構わぬ。
……口の悪い私は、慰める言葉など持たぬ……だが、涙を隠すために胸くらいならば幾らでも貸してやる。
(ごめんね……僕の思い通りに喋れないから、優しい言葉を掛けてあげれないんだ。
でもね、こんな僕で良かったら胸くらいなら貸せるよ)」
泣きそうに顔を歪ませるが翠烈。
だが、その瞳から涙がこぼれ落ちることなく、無言で頭を下げて駆けて行ってしまう。
「…………」
「うん……頑張ったな、黎深」
走り去る翠烈の背中を見送った黎深。
その肩に乗った黒龍が、黎深の頭を撫でる。
「(黒さん……)」
「おう」
「(っ……黒さん……!
黒さん、僕は……翠烈くんのためじゃないんだ……。
僕は……昔の僕にっ!
僕に、重なったから……僕自身のために……)」
兄との決別。
周囲の悪意。
泣いても、手を伸ばしても…………貰えなかった温もり。
一人ぼっちだった幼い頃の黎深が、翠烈に居た。
「……良いんじゃねえか?」
「(え……)」
「人間なんざ、偽善と嘘まみれの生き物だろ。
百の偽善も、積み上げりゃ立派な善行だ。」
ケラケラと笑う黒龍は、視線を下げた黎深を覗き込む。
「偽善でも、独り善がりでも良いじゃねえか。
……黎深の頃のお前に届かなかった温もりが、あの翠烈を通して幼いお前に届いたと思えば……」
黎深の頭を撫でながら、黒龍は微笑む。
「……それで、良いじゃん。
お前は、難しく考え過ぎなんだよ!」
「(黒さん……)」
黒龍の言葉に、黎深の心が温かな優しさで満ちていく。
「(……ありがとう……黒さん……!)」
泣きそうになる瞳を堪えて、黎深は笑顔で黒龍へと感謝を告げるのだった。
黎深の前から走り去った翠烈は、自室に飛び込むように駆け込んだ。
そのまま勢い良く扉を閉め、崩れ落ちるように座り込む。
「……黎深、兄上……っ……」
ぎゅっと男にしては小さい手で、翠烈は服の胸元を握りしめる。
「っ……ボク、は……!」
サラシできつく締め上げた胸。
切ないほどに胸が苦しく痛むのは、きついサラシだけの所為ではない。
「……はじめて……兄弟として扱ってもらえた……」
第三王子を虐めている姿を見られ、第二王子には嫌われたと思っていた翠烈。
「……あにうえ……」
男か、女かも分からない翠烈。
「(……兄上は……こんな男かも、女かも分からない生き物を……少しでも、愛してくれるのかな……?)」
ほんの少しだけ、翠烈の心に小さな灯火が灯るのだった。
――そして……
「あれ……黎深?」
修練場に小さな嵐が訪れようとしていた。
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