第五十一話
ただ、ただ、激情のままに剣を振るう。
その脳裏に思い浮かぶのは、数日前に後宮を去った母親の姿。
「ふっ……っ……はあっ!」
後宮より実家へと戻されることが決まった側室・麻 煉。
『お考え直しを、陛下っ!
この翠烈には、妾が側に居てあげないと駄目なのです!』
『翠烈!
お前には、妾が必要でしょう?
陛下へと、お前の気持ちをお伝えするのです!』
久方ぶりに会った王が口にしたのは、側室である翠烈の母、麻 煉へと後宮からの立ち退きだった。
王が立ち去ったあとに暴れる母の暴力を予測して、青褪めて怯える翠烈に煉は美しい笑顔を向ける。
『第四王子、翠烈よ。
そなたの部屋も移す。
今後一切、この女と関わることは許さぬ。
お前も仮にも側室ならば、いい加減に弁えよ。
……王位継承権を持つ者を、いや、我が子であろうとも、虐げることは許されぬ』
『っっ……誰がっ、そのような根も葉もない噂を……!』
『麻家の当主には、既に告げておる。
迎えも来ておるゆえに、これ以上の言葉は必要ない。』
『そんな……』
翠烈にとって恐ろしいはずの母親が、父である王の言葉に崩れ落ちる。
涙でドロドロに溶けた化粧。
釣り上がった目尻。
怒りのままに物凄い形相で翠烈へと掴み掛かろうとした煉だったが、近衛兵達に抑え込まれてしまう。
『妾はっ!お前などを産みたくはなかったっっ!!』
『お前をっ!お前を産んだ所為でっ!!』
お前などが産まれた所為で、妾は不幸になったんだっっ!!』
そして……王が立ち去ったあとに叫んだ呪い。
――その呪いは、翠烈が産まれ落ちて、物心ついた頃から、言われ続けた言葉だった。
「っ……」
顎の先から汗が滴り落ちる。
剣を握る掌が、豆が潰れたのか酷く痛む。
「(ボクは……好きで女に産まれた訳では無いのに……!
女にも、男にもなれないボクは……いったい何なんだ……!)」
翠烈の母と違って、王の寵愛を受けて男の子を産んだ黄河の母親。
王の寵愛を受けたからこそ、踊り子の身分でも側室に数えられた女。
「っ……」
「(ほとんど同じ時期に産まれたボクと第三王子。
アイツを見ていると……ボクは突き付けられる……。
どんなに男の格好をしても、男になれない紛い物だって……)」
第二次性徴期を経て、黄河と翠烈の身体は正反対に育って行く。
筋肉質の硬い胸板と膨らんでいく双丘がある胸。
硬さと柔らかさ、身長、そして…………今後、男ならば訪れるであろう声変わり。
「(第三王子が悪くないことくらい分かっている……!
でも……でもっ!だったらボクはどうすれば良かったんだっっ!!)」
母親すら味方ではない冷たい宮廷。
王太子である兄へと取り入れと言われる何者にもなれない翠烈。
――今の翠烈には、何が正しかったのかさえ、何も分からなくなっていた。
一体どれほどの時間を、一心不乱に剣を振り回しただろうか?
流れ落ちる汗、霞む視界、鉛のように重くなった身体。
「ぅ……っ、はぁ…………あ……」
重たい体を、更に無理やり動かそうとした時、修練場の入り口に人影が見えた。
「(っ……?!
なん、で……あの人が此処にっっ……!)」
入り口近くに立っていたのは、恐ろしい噂が付き纏う第二王子。
「(あの人は……第三王子の味方だっ……!)」
思い出したのは、母親の癇癪で何度も水盆に頭を押し込まれ、窒息仕掛けた記憶。
何故か不機嫌だった母親に折檻され、やっと解放されたあとに出会ってしまった黄河。
所在なさげに体を小さくする黄河の姿に、母親からの愛情も、男の身体も持っているクセにと歯痒くて……!
「(第三王子の母親の悪口を言って、言い返されたから……水に落とせ……あの時、この人に言われたことは、間違いじゃなかった……)」
もう……翠烈の中だけでは、同仕様もなかった感情。
「(もう……嫌だっ……痛いのも、苦しいのもっ!
怖い、ヤダ……誰か、たすけて……)」
……助けなんて来ない。
母親にすら愛されず、女として産まれたから必要とすらされない翠烈を助ける者なんていない。
「っ……」
だから、少しでも第二王子の機嫌を損ねないように!
速く立ち去らないと……!
もう痛いのは嫌だ……と、その一心で第二王子の横を通り過ぎようとした翠烈。
「ひっ……」
たが、通り過ぎようとした翠烈の腕が、黎深によって無造作に掴まれるのだった。
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