第四十九話
己の執務室の前に並ぶ官吏たちを総無視して、黎深は肩に黒龍を乗せ、修練場へと向かう。
「(……何か、どっと疲れたよ……黒さん……)」
「あ゛ー……政治ってヤツ?
なんつーか、王族って面倒だな。
結婚相手も好きに選べねえって。
ぶっちゃけ、こーゆー結婚を仮面夫婦っていうのか?」
「(……王族の結婚が面倒なことは否定しないし、仮面夫婦って言われてもしょうがないけど……うん)」
煤けた気持ちの黎深は、脇目も振らずに歩き続ける。
「お前さ……何気に、結婚に対して夢が無いよな……」
「(え……結婚に対して夢を持っている人って、どれくらいいるのかな?
前世では就職できるか、給与は幾らかとかの問題もあるし……)」
「あの……第二王子殿下……」
そう……例え、待ち伏せするように進行方向に麗しい美女がいたとしても。
「こっちは、こっちで、僕を怖がることなく喋ってくれる女性っているのかな?
僕のことを怖がる女性と生涯を共にするのは、ちょっと嫌だなぁ……」
「なー……黎深」
「え……あ、の……」
伏せ目がちだった潤んだ瞳をタイミングよく上げて、鈴を転がしたような甘えた声で呼び止めようとも。
「お前さ、気が付いて無いよな……?」
「(ん……?
僕、何か気が付いて無いの……?
あ……オヤツを持ってくるのを忘れちゃったかも……!)」
「ちょっ……第二王子殿下っ……!」
己の美貌に自信のある素敵な女性が、戸惑ったように慌てた声を出したとしても。
「(ごめんね、黒さん……オヤツのお饅頭は離宮に帰ってからでもいいかな?)」
「あ、うん。
俺は、別に良いぜ。」
「っ〜〜んのっ!
こっちを見なさいよっっ!!」
チラリとも視線を向けない黎深に、頬を引き攣らせた美女が声を荒げる。
「(……正しく眼中に無し、つーか……自分が、女に声を掛けられるっていう前提が無いんだろうなぁ……)」
黒龍は、心の中で笑ってしまう。
「ちょっと!ねえってば!!」
よっぽど自分の美貌に自信が有ったで有ろう美女が髪を振り乱して叫んでいる。
「(んん?
今日は騒がしいね、黒さん)」
「おー……そうだな」
黎深の思い込みというか、鈍感さ加減に黒龍は苦笑する。
だが、妙な人間と縁が繋がるよりは良いなと、違う笑みを浮かべるのだ。
「(そう言えば、黒さん……僕の死亡フラグは、だいぶ折れた気がするんだ。
何だったら、原作ゲームの知識もほとんど役に立たなくなってるんじゃないかなーって……)」
「だなー。
よく分からんが、サブイボ?
あー……盗賊団の奴らは始まる前に殆どが死んでるんだろ?
それを考えると、変な感じがするよな」
「(そうなんだよ、黒さん!
サブイベントなんだよ!
原作ゲームでは回想にしか出て来なかった人達がまだ生きてるんだよ!)」
美女の存在に気が付いていても、全く教える気がない黒龍。
美女の存在自体に気が付いていない黎深。
「っっ……!」
棚からぼた餅ではないが、中級貴族の娘から王族の正妻になるという夢を見た美女。
しかし、まるで道化のように周囲に嗤われ始めたことで、顔を怒りに赤く染め上げ、肩を怒らせて立ち去って行く。
「おーおー、まるで赤鬼だな」
「(え、赤鬼?!
宮廷に鬼が出たのっ?!
てゆーか!この世界って鬼がいるのっ?!)」
「あ、わりぃ。
赤鬼じゃなくて、顔を真っ赤にして訓練してるおっさんの相方だった」
「(おっさんの相方…………あ、関近衛将軍だ。
全力疾走をしているし、訓練中みたいだね)」
黒龍が注意を逸らせば、簡単に意識を向ける素直な黎深。
「(本当に世話の焼ける奴だよ、お前は……)」
黒龍にとっては、赤子に毛が生えたような年齢の黎深に笑みが溢れる。
そして、何よりも無条件に黒龍を信じる心がくすぐったかった。
「さっさとストレス発散して、離宮で饅頭を食べようぜ!」
「(そうだね、黒さん。
執務は……お饅頭を食べてからまた頑張ろっと。)」
何気ない会話を交わしながら、黒龍と黎深が修練場へと到着すれば、中には先客がいた。
「ふっ……っ……はあっ!」
「(あれは……)」
修練場の中には、一心不乱に剣を振るう第四王子の姿があった。
「(……第四王子……?)」
黄河よりも線の細い身体で、剣の型をなぞるように振るってはいる。
だが、黎深の目には重たい剣に第四王子が振り回されているようにも見えた。
「(あー……そう言えば、第四王子って……)」
黎深の脳裏に原作ゲームのメインストーリーが浮かんでくる。
「(主人公が産まれて、一月もせずに産まれた第四王子。)」
側室の一人に数えられながら、王の寵愛が薄かった第四王子の母親。
『ボクは……!
好きでこんな風に自分を偽って生きているんじゃないっっ!!』
原作ゲームの第四王子の慟哭が聞こえた気がしたのだった。




