第四十八話
「……何度言えば分かる?
簡単な計算間違いを繰り返すなど、貴様らの脳味噌はおが屑すら詰まっていないと見える。
(あの……また計算間違いが有りますので、見直しをする習慣を身に着けた方が良いかなーって……)」
「はい!ありがとうございます、第二王子殿下っ!!」
謹慎をする必要がないと、国王に言われてしまった手前、執務を放棄する理由をなくしてしまった黎深。
「……次。
この算定を出したのは工務部か?」
「はっはい!」
「工務部の長の顔面に木簡を叩き付けた上で、一文字一句間違えずに伝えておけ。
"職人へ振る舞う遊郭の遊び代は、自分の懐から出せ。"
"自分の知り合いに工事を依頼したいからと、必要の無い修理を捻出するな。"
"厚顔無恥も程々にして、仕事の期限を守れ愚か者"」
「はいぃぃぃ!しかとお伝えしますっ!!」
「……次。兵部。」
「は、い!」
「この遠征に関する予算案は何だ?
将校共には酒を出すくせに、一般兵への食事の分量がコレで足りるのか?
酒の質を多少下げてでも、一般兵への食事の量を増やせ。
腹が減っていたせいで訓練に身が入らぬなどの言い訳は許さぬ。」
「えっ……あ……あ、ありがとうございますっっ!!」
黎深の執務室。
その前には長い行列が出来ていた。
「……仕事が捗っているようですな。」
「曹宰相、か。
見て分からぬか、私は暇では無い。」
神経質そうな細身の男。
何処か窶れた頬に、血色の悪い顔色。
くるくるくるりんと、渦巻きになった髭。
曹家当主にして、宰相でもある曹 謹文。
「ああっっ!!
くるくる髭っ!
おいっ、黎深!くるくる渦巻き髭が来たぞ!」
「(ぶほっ……?!)」
退屈そうに欠伸をしていた黒龍の瞳が輝く。
そんな破壊力抜群の黒龍の一言に、黎深は心の中で盛大に吹き出してしまう。
「(黒さんぅぅぅぅっっ!!
いきなり笑わせようとしないでぇっっ!!!)」
「んあ?
俺は別に笑わせようとしていないぞ。」
もう……黒さんったら!と心の中で思いつつも、宰相へと黎深は意識を向ける。
「……それで?
貴様は、私に何用だ?」
「いえいえ、第二王子殿下の凄まじい執務能力を拝見したく参りました。」
「くだらぬ。
そのような暇が有るならば、外に並ぶ奴らを執務ごと連れて行け。
(凄まじい執務能力?!
えっ、それって誰の話なのっ?!)」
「謹んでお断り申します。
第二王子殿下が執務を辞退されていた間、私めも死ぬ目に遭いましたからな」
自慢の渦巻き髭を撫でながら、苦笑する謹文に黎深は眉を寄せる。
「それに……彼らも、第二王子殿下に話し掛けられて嬉しそうですからな」
「…………貴様、目玉は正常か?
(え……僕のことを怖がって嫌うことはあっても、嬉しいなんて有り得ないよ……?)」
「ハッハッハ!
己の目は正常です、第二王子殿下。」
黎深が執務を辞退したことで、どの部署も大混乱に陥り、何日も徹夜した日々。
嫌味交じりの厳しい言葉に聞こえるが、極々真っ当に指摘してくれる黎深の有り難さを、どの部署も痛感したのだ。
「(そう……貴族としてではなく、官吏として宮廷に仕える者たちは痛感したのだ。
……第二王子殿下のもとに、如何に執務が集中し、その存在が無くば、自分達の身に膨大な後始末が回ってくるかを……な)」
そして、謹文は思うのだ。
国政を優先していたがゆえに、視線を向けていなかったが、王族に纏わる噂の数々。
無能な者の暇潰しで、有益な人物が害される。
大人になった今は兎も角、幼い頃はもっと己も気を配るべきだった、と。
「宰相とは、よほど暇な役職と見える。
要件が無いならば、さっさと仕事に戻るがいい。
(あの宰相って忙しいんでしょう?
僕なんかに構ってないで、戻ったらどうかなーって……)」
「いえ、火急の要件が有ります」
仕事に戻れと言う黎深に、至極真面目な表情へと切り替えた謹文。
「……ほう?
ならば、さっさと言え。
(えっ……すごく真面目そうな顔だけど……火急の要件って何……?)」
宰相である謹文が真面目な表情で言う火急の要件。
初めての出来事に黎深も、気構えてしまう。
「我が家の末娘を妻に如何ですかな?」
「帰れ。
(真面目な話と思ったらっ!
何で僕の結婚相手の話になるのっっ!!!)」
真面目な顔で告げられた言葉に、黎深は心の中で叫ぶ。
「ご安心下さい、殿下。
私に似て素敵な美人ですよ」
「帰れ」
不機嫌さが割り増しの声音の黎深。
「……ぐるぐる髭の娘……?
しかも、ぐるぐる髭に似ている娘って……おんなじようなぐるぐる髭が生えてるのか?
それとも、髪がぐるぐるしてるのか?」
「(うっ、ふぐっ…………黒さんぅぅぅぅっっ?!)」
「あ、わりぃ」
ボロっと漏れた黒龍の素直な感想に、黎深は笑いをこらえるのに腹筋が震え、太腿を抓って耐えた。
「釣書は置いて行きますので、ご一考下さい。」
「要らぬ」
取り付く島もない黎深に、謹文は微笑みを深くする。
「殿下……お早めに婚約者だけでもお決めになることをお勧め致しまする。
賢い貴方様ならば、御自身の立場の変化を感じ取っておられるはずです。
……陛下が後宮を掃除したことで、焦っている御仁がいらっしゃる。」
「(……急に、何の話?)」
謹文の意図が分からずに、眉間のシワを深くした黎深。
「(……ふむ。
やはり……流石は、第二王子殿下。
己の身に迫る変化を読んでおられたか……)」
黎深の反応を明後日の方向に勘違いした謹文が、言葉を重ねる。
「主要な張家、孫家、夏侯家、馬家、麻家、そして、我が曹家。
この中のどれかの娘が、第二王子殿下の妻になる可能性が高いでしょう。」
「……くだらぬ。
(いや、え……?
僕の結婚相手って、そんなに重要なの……?
しかも、今言った家って……この国でトップシックスくらいの家だよね?
そんな家のお嬢様を……あ、淑芳さんも当てはまるじゃん……)」
「そうですな。
殿下は、己の結婚相手の重要性を理解されている。
だからこそ、このような話題を振るなど、くだらぬ話で御座いましょう。
……ですが、貴族の均衡は重要なこと。
どうか、熟考をお願い致しまする。」
黎深に一礼を返し、立ち去る謹文。
「(……要するに……ダメダメな僕のフォローが出来るのは、名家のお嬢様くらいってディスられた?)」
「いや、ちげーだろ。
今のは、くるくる渦巻きの娘を是非にって話だろ?」
「(え……宰相が、義理の父?
僕、それちょっとヤダな……)」
「あー……義理の親って大切だよな。
色々気を使う相手だし?
そうなると、名家の娘って面倒くさいな!」
ケラケラと笑う黒龍に、心の中でガックリと肩を落とす黎深。
「(……もう、ヤダ……僕、ちょっと身体でも動かして、ストレス発散する!)」
少しだけヤケになった黎深は、休憩と称して執務室を後にする。
――その先に、黎明を待つ人物がいるとも知らずに。
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