第四十六話
「………………範」
朝一番の閣議から戻り、昼前まで不貞寝していた黎深。
「…………コレは、何だ?」
何時までもウジウジと考えても仕方が無いと、自室から食堂へと移動すれば…………存在感を放つ山が有った。
「釣書の山で御座いますな」
「…………」
「続々と届いております」
「………………」
思わず遠い目をしてしまう黎深の肩から飛び降りた黒龍が、積み上がった釣書の一つを手に取る。
「おー……人間にしては美人なのか?」
「ホッホッホッ!
確かに美人では有りますが、所詮は金銭を支払っての姿絵。
美貌諸々が割り増しで描かれていることは、保証を致しまする。」
「やっぱ、そうだよなー……金を受け取る以上は、画家も忖度するよな!
ぶっちゃけ、正直に絵を描いたばっかりに首チョンパされたら敵わねーもん」
範の前では姿を見せるようになった黒龍が、釣書の絵姿を見てしみじみと呟く。
「(い゛っやあ゛ぁぁぁぁぁっっ!!
何がっどうしてっ?!
どうしてっ僕の所に釣書の山?!
何これっナニコレ……なにこれぇぇぇぇ?!)」
心の中で盛大に狼狽する黎深は、意味が分からなくて頭を抱えて叫ぶ。
「あー……番たいって女が多くて良かったな。
女にモテモテって、男冥利に尽きるじゃないか」
「くだらぬ。
こやつらが欲しているのは王族の権力であり、私自身では無い。
権勢を得るためだけの貴族の小間使いになる気は無い。
(絶対に僕がモテモテなんて、火山が全部噴火しても有り得ないよっっ!!
欲しいのは僕じゃなくて、権力だよっっ!!
この中の誰かを選んだが最後っ!
使い潰されて、捨てられるのがオチだよっっ!!!)」
「ぶっちゃけ、そうだろーな。
名前と立場を使って好き勝手した挙句の果てに、何か問題が起こったら矢面に立たされる生け贄羊。
……美人でも、そんな嫁さんはゴメンだな!」
興味もなくなったのか、釣書の山に黒龍は手に持っていた釣書をポイッと投げ捨てる。
「ホッホッホッ!
ちょうど美味しそうな川魚を知り合いに貰いましたので、焚き火にしましょうか?」
「川魚っ!
山女魚か?!鮎か?!」
「鮎で御座います」
「よっしゃぁっっ!!
俺!一番大きいのがいいっ!」
「(……え?
釣書の山で焚き火ってこと……いいのかな……?)」
一瞬だけ釣書の山を焚き火にして良いのか迷うが、黒龍の喜びようを見ると黎深は、まあいっかと思ってしまった。
「範!
串にぶっ刺して、塩焼きにしようぜ!」
「(黒さん、嬉しそうだなぁ……。
……そう言えば、黄河くんは大丈夫かな……?)」
鮎の塩焼きを喜ぶ黒龍を見て、黎深の脳裏には弟の姿が思い浮かぶ。
社会科見学として、凌善に黄河のことを頼んで数日。
「(……ちゃんと、ご飯とか食べていると良いんだけど……)」
数日間も見ていない黄河の姿に、黎深は兄として思いを馳せるのだった。
「夏侯ど、凌善さん!
兄上が言っていた白虎団の手口に関することなんですが!」
「ちょっ?!
第三王子殿下ぁぁぁぁぁっっ?!
おっさん着替え中なんですけどぉぉぉ!!!」
バタンっ!と大きな音を立てて開いた扉。
近衛の詰め所内にある更衣室で、訓練終わりに着替えていた半裸の凌善が悲鳴を上げる。
「そんなことよりもっ!」
「そんなことっ?!
おっさんの裸を拝んでおいて、そんなこと扱いっ?!」
叫びながら着替えるという技を披露しつつ、さっさと服を整えた凌善。
「え……?
だって、兄上ならば兎も角、凌善さんの裸を見ても何も感じませんし……」
「……第二王子殿下が相手ならば、何かを感じるということですか?」
木簡を抱えながらキョトンとした黄河の言葉に、凌善は疲れたように肩を落とす。
「それ以前に、兄上の部屋を急に開けたりしません!
親しき仲にも礼儀ありと言いますから!」
「おっさんへの礼儀は家出中なんですかっっ?!」
「だって、凌善さんですから……あと、王太子殿下の許可は得ていますよ」
「何の許可を出したんですかっ王太子殿下ぁぁぁぁぁっ?!」
まるで漫才のようなやり取りに、その場に居合わせた近衛達がざわめく。
「それで、凌善さん!
そろそろ本題に入っても良いですかっ?!
良いですよねっ!ありがとうございますっ!!」
「まっ?!
ちょっと待って下さいっ第三王子殿下っ!!
まだ良いもなにもっ……ああっもうっっ!」
多少ヨレっとした服のままで、凌善は今にも木簡を広げそうな黄河の手を引いて移動する。
「……第三王子殿下、此処が自分の執務室なんで……」
「分かりました!
早速、広げます!」
役職持ちの凌善に与えられた執務室に案内すれば、必死な様子で持っていた木簡を広げようとする黄河。
「っ……第三王子殿下っ!
お願いですから、落ち着いてくださいっ!」
「ぁ……っ…………す、みません……」
堪らず凌善が少しだけ声を荒らげれば、ビクリと肩を跳ねさせた黄河。
そして、何かに気が付いたように黄河は、くしゃりと顔を歪めて凌善へと謝った。
「……大変失礼を致しました、第三王子殿下。」
「いえ……今のは、僕が悪かったです……。
礼儀も何も捨て去って、気持ちのままに行動していました……」
何かに耐えるように、自分の服をギュッと握った黄河に、凌善は小さな溜息を漏らす。
「……焦っていらっしゃるんですか?」
「っ……僕、は…………兄上の期待に応えたい、から……」
まるで、小さな子供だと凌善は、黄河を見て思ってしまった。
「(……第三王子の母親は確か……異国の血を引く踊り子だったか?
陛下の寵愛が深かったから側室の一人に数えられていたが……)」
後ろ盾のない王子。
母を早くに亡くし、一人になった王子。
「(……一人ぼっちになった王子に手を差し伸べた……兄、か)」
仕事を放棄した侍従達、見向きもしなかった貴族達。
「……僕は、兄上に見捨てられたくありません……だから、だからっ……!」
他の王族に比べて教養も、経験も、圧倒的に足りないと黄河は自分でも自覚しているのだ。
「……第三王子殿下、焦る必要は有りません。
少なくとも、第二王子殿下は第三王子殿下を見捨てたりはしませんから。
見捨てるくらいならば、あの御方は……王太子妃殿下誘拐の一件で、貴方を碧雲様に預けようとはしませんよ」
「っ……」
「第二王子殿下は、御自身の身の危険も顧みずに、第三王子殿下の安全を優先しました。
それこそが、第二王子殿下が第三王子殿下を、何よりも大切に思っている証拠では有りませんか。」
「……そう、でしょうか……僕は、兄上のお役に立て無いのに……」
しょんぼりとした黄河に、凌善は微笑む。
「役に立つとか、役に立たないで、第三王子殿下の価値を測る御人では無いでしょうに。
今回の一件を社会科見学と称したのも、第三王子殿下の良い経験となるようにと考えられただけかと思いますよ」
だから大丈夫だと励ます凌善に、黄河は目をパチパチとさせる。
「なんだか……凌善さんは、父親みたいですね……」
「ハハッ!
これでも、可愛い可愛い愛娘が居ますので!
まだまだひよっ子ですが、五年ほど父親をやってますんで。」
「そっか……そう、ですね……!
僕は、焦っていました!
だけど、凌善さんのようにもう少し余裕を持てるように努めたいと思います!」
その意気ですよ、とニッカリと笑う凌善に、黄河も笑顔を返す。
「凌善さん!
僕のことも名前でお呼びください!
そして!僕が見付け出したことを聞いてください……!」
焦りの消えた笑顔で、黄河は凌善へと伝えるのだった。
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