第四十三話
「……碧雲よ……余は、判断を誤ったと悔いておる……」
「陛下、いえ父上。
それは、私も同じようなものです……」
目の下にクマを作った親子が、王の執務室にて深いため息をついていた。
「……余は……そなた達の父である前に王なのだ。
王としての責務を優先し、子供たちの心や成長に寄り添えなかった自覚はある。
…………凡夫でしかない余に、王冠は重過ぎた……」
運が良いのか、悪いのか。
数いる王子たちの一番下、要するに末の王子だった法翔。
優秀な兄たちが居るからと、凡夫な己に王冠など関係がないと思っていた若い頃。
気が付けば優秀な兄達は、その後見の一族も巻き込んで権力争いの末に……一人残らずいなくなった。
「……王としての責務に追われ、妻達の後ろに控える一族達の均衡に目を配ることに精一杯で……」
これは言い訳だと法翔にもわかっていた。
「……碧雲、そなたは兎も角……黎深、黄河、翠烈には……辛い思いをさせていることには気が付いていたのだ。」
宮廷に巣食う悪意の矛先にされ、悪しざまに罵られる第二王子、黎深。
妾上がりの側室だった身分の低い母を持つが故に、王族で有りながら軽んじられている第三王子、黄河。
権力欲の強い母親と、その強欲な母の実家の柵に囚われて他人を傷付けるようになった第四王子、翠烈。
「……私は駄目な父親だ。
お前も含め、子供たちが苦しんでいる時に手を差し伸べることすら出来ぬ。」
「…………父上」
「その挙句の果てに、黎深が如何に執務を負担してくれていたのか突き付けられないと気付かないとは……」
「それは、私も痛感しています……」
法翔と碧雲は、顔を見合わせて深いため息をつく。
「ゆえに余は王として、父として……幾つかの決断をするつもりだ。」
「決断、ですか?」
不思議そうな表情の碧雲に、法翔は力が抜けた笑みを浮かべる。
「黎深に関しては、王である余や王太子が信頼していると言動で示す。
黄河については、仕事を放棄していた侍従達を公式に処罰しよう。
翠烈に関しては第三王子への度重なる加害について調べ、正式な処分を下す。
王位継承権を取り上げるまではなくとも、下げる程度のことはするつもりだ。」
「黎深や第三王子に関しては異存はありませんが…………第四王子については……」
碧雲の予想以上に厳しい第四王子・翠烈への処分。
「どんな理由が有ろうとも、上に立つものが己の心を御することが出来ずに他者を害する。
……それは、許されることではない。」
何かを思い出すように眉間に皺を寄せた法翔は、剣呑な眼差しを浮かべる。
「……問題は翠烈ではなく、その周囲だ。
翠烈の母である女は、麻家の者。
彼処は数代前より権力欲の強い者が、歴代の当主となっている。
……その影響もあると考え、翠烈と母親を引き離す。」
「……麻家が大人しくしているとは、思えませんが?」
「確かに、麻家の者たちは只では大人しくはしないだろう。
最も、次代に向けて後宮を掃除するという意味で、あの女を実家に戻す。
そうすれば、余の怒りを更に買ってまで麻家の唯一の血縁である翠烈の立場を悪くしようとはしまい。」
「ですが……それだけでは……」
火のように苛烈な気性の麻家一族が、大人しくしているとは碧雲には思えなかった。
「苛烈な気性ではあるが、愚かではない。
元々、次代の王に翠烈がなれるとは考えておらぬだろう。
そうすると、次の狙いは次期王である碧雲の側室に一族の娘を捩じ込むことだろうが……二代続けて娘を送り込める程の力は麻家にはない。」
少なくとも、碧雲の妻である玉葉の実家、孫家も黙っていない可能性が高い。
更に代々の当主が麻家嫌いで有名な張家も孫家に加勢するだろう。
……麻家と張家は、まさに油と水の組み合わせなのだから。
「余の王妃であり、お前と黎深の母である艶麗の正家、中立を良しとする……いや、麻家が関わる件以外では中立……。
まあ、どちらにしても張家も良い顔はせぬだろう。」
「……あの激しい気性を好まれない麻家は、敵が多く、味方が少ないですからね」
「結果として、麻家が打つ手の中で一番有効なのは、翠烈を王太子のお気に入りの家臣として、宮廷内に一定の存在感を持たせることだけだ。」
「……難儀なものですね」
難儀だと言いつつも、何処かホッとしたような表情の碧雲に、法翔は微笑む。
「既に、宰相へは考えを告げておる。
数日以内に、この改革は実行に移されることとなる。
……碧雲、暫くはお前の周囲も慌ただしくなるだろうが……決して、油断してはならぬ」
「はい、父上。
心得ております。」
父親としての微笑みを消し去り、王として重々しく語った法翔に、碧雲も心を引き締める。
――この数日後。
碧雲に示した改革案は、余すことなく現実のものとなるのだった。
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