第四十一話
「(え……ええっ?!
僕なんかしたっけ?!
夏侯さんが怒るようなことって……なにっ?!)」
怒りを立ち昇らせる凌善を前に、黎深は心の中で右往左往する。
「(……アレ?
でも、凌善は相談したいことって……つまり、僕に向けた怒りじゃない……?)」
凌善の怒り。
それが黎深に向けたものではないならば……?
「……盗人共の件か?」
「流石は、第二王子殿下……御名答です。」
ニヤリと微笑んだ凌善は、据わった目で口を開いた。
「盗人共については、俺の役回りでは無いので手出しをするつもりは無かったんです。
役職の垣根を越えて手を出すと、色々と面倒でしてね。」
「……だが、手を出さねばならぬ理由が出来たと?」
「近衛の夏侯殿が手を出さなければならない理由……?」
首を傾げる黄河に、凌善が頷く。
「……一昨日の話です。
噂の盗人共が王都に来て四件目の盗みを働きました。
それ自体は、どうでも良いと言ったら悪いですが、俺の目の前で起こったことでは無い上に、担当ではないため手出しが出来ない以上はどうしようもない。」
気分が良いものでは有りませんけどね、と凌善はため息混じりに言葉を続ける。
「ですが、盗みに入られた屋敷がよりにもよって俺の家の数軒先だったんです。
……しかも、盗人共は自分達が逃げ延びるために去り際に火を放ちやがった。」
「……貴族の屋敷ゆえに平民街よりマシとは言え、火の手が上がれば延焼する危険が高い。
冬場では無いことだけが救いか?
空気が乾燥していない季節ではあるが、風が吹く日ならば延焼は免れぬ。」
「っ……そんな……盗みだけじゃなくて、火を放つなんて酷い……!
その家の人達も危ないし、周囲に住んでいる人達も危ないじゃないですか?!
夏侯殿のご家族は大丈夫だったんですか?!」
火を放った。
その言葉に黎深は顔をゆがめ、黄河は凌善の家族を心配する。
「お陰様で家族は無事でしたよ。
だが……下手を打てば、妻や娘の命が脅かされたかもしれない。
そんなこと……おっさんは、笑って許せるほど人間出来てねーもんで。」
「…………」
そういうことか、と黎深は納得する。
凌善の怒りは、その盗人共とやらに向けられているのだと。
「……ソレと私に何の関係がある?
私は宮廷の外に気軽に出ることが出来る立場ではない。
そんな私に相談したいなどと、時間の無駄だ。
(……宮廷の外に出られない僕に相談しても、力になれるとは思わないけど……。
夏侯さんの言う盗人共って、盗賊団なのかな?
僕は、その人達に対する情報を持っている訳じゃないし……)」
あと一歩、黎深には凌善の考えが読めない。
「……わかってます。
相談したい内容は、第二王子殿下の名前を貸してもらえないかってことです。」
「(え゛……)」
ニッコリと笑った凌善の言葉に、黎深は心の中で頬を引き攣らせる。
「……夏侯殿、兄上の名前を借りたいとは……」
「くだらんな。
私の名前を使って盗人共の探索に割り込むつもりか?
悪名高く、離宮で謹慎中の暇を持て余している王族の暇潰しの娯楽。
やりたくはないが、やらないと家族に何をされるか分かった物じゃない、とでも言って同情も誘えるな。
(ソレって名前だけ貸したつもりで巻き込まれる奴じゃん!!)」
心の中では頭を抱えているのに、黎深の身体は凌善を鼻で嗤う。
「…………夏侯殿」
「ぅ……あ、あぁ……だ、第三王子殿下?
なーんか、おっさんってば老眼なのかなぁって…………目から光が消えてるんですけどぉぉぉっっ!!」
「貴殿には恩が有ります。
ですが……兄上を危険に晒すならば…………容赦はしない」
背中に暗雲を背負い、瞳から光を失いつつある黄河が静かに呪符を構える。
……既に、その呪符は紫電を纏い始めている。
「……黄河、やめておけ」
「ですが、兄上っ!」
怒りのままに行動しようとした黄河を黎深が諌める。
「(……た、助かった……?)」
暗雲を背負った黄河が黎深の声で止まったことに、冷や汗をかいていた凌善が胸を撫で下ろす。
「室内で暴れると埃が舞う。
範の監視のもとで、外で遊んで来い。
……夕餉までには、終わらせるように。
(本当に名前を貸すだけでも、僕はあんまり関わりたくないし……。
呪符を習い始めて一年にも満たない黄河くんの遊び相手くらいなら、近衛の夏侯さんなら問題ないよね?)」
「はい、兄上っ!」
「いっぎゃぁぁぁぁぁっつ!!
すんませんっすんませんぅぅぅぅっっ!!
でも、でもぉぉぉ!家族を守りたいんですぅぅぅぅ!!!」
黎深の許可を得た黄河は、素敵な笑顔で呪符を構え直す。
「マジで助けてくださぃぃぃっ!
だって、あいつら腹立つんですよ!
義賊だか白虎団だか、何だか知りませんけどっ!
やってることは盗賊と同じだっつーのに!
妙に平民に人気があるから、現場もやりにくいんすよっっ!!」
「(え…………びゃっこ、だん……?)」
凌善の叫びに混じった"白虎団"という名前に、黎深の記憶が刺激されたのだった。
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