第四十話
「…………と、言う訳でして。」
昼下がりの北の離宮。
王太子妃誘拐事件の一件のあとも、変わることなく北の離宮を占きょ、ではなく不徳を理由に謹慎しているつもりの黎深。
……決して、高く積み上がった書類仕事から逃げている訳では無い。
「先々月くらいから世間を騒がせていた盗人共が、とうとう王都に現れたと巷では大騒ぎなんですよ。」
「…………だから、何だ?
そんな義賊気取りの羽虫について、この私に聞かせるためにお前はわざわざやって来たのか?」
範が修繕した部屋の中で一番広い部屋。
食堂代わりに使っている室内には、いつもの顔触れが揃っていた。
「いやぁ、流石にそれは有りませんよ。
例え、第二王子殿下が不徳な己が国益に関わることで、不安を覚える者たちが居るからと執務を辞退されたことで大騒ぎになっていたとしても……ねえ?」
「え……夏侯殿。
あの騒ぎは、兄上が執務を辞退されたからなのですか?」
キョトン、とした黄河の言葉に凌善は苦笑を返す。
「そうなんですよ。
陛下や王太子殿下が担当される執務以外を第二王子が幅広く網羅され、負担されていた影響で執務が滞っているようです。
その皺寄せが陛下や王太子殿下にも届いていまして……王太子殿下も執務の山が三つほど増えて半泣きでした」
この御人は、どんだけ能力高いんだよ……と、心の中でカラ笑いをする凌善。
「(……第二王子殿下が執務を辞退されたことを、最初は誰もが問題視をしなかった。
だけど、蓋を空けてみたらどうだ?
幅広く負担されていた執務の中には、第二王子殿下にしか判断出来ない物も多い上に、細かい部分で担当の官吏すら把握していないことも多すぎて……)」
……誰が予想していただろう?
第二王子一人が執務から離れたことで、宮廷内が大混乱するなど。
「(どの部署も、最後の仕上げを第二王子殿下の判断に頼っていた部分が多かったから、陛下や王太子殿下の元に届く書類の間違いの多いこと、多いこと……。)」
マジで武官で良かった……と、こんなにも思ったことは初めてかもしれない。
それぞれの後始末ならぬ、書類始末に追われて仕事が進まず、日に日に幽鬼のような青白い顔から土気色になっていく文官を見て凌善は心から思う。
「普段から兄上に対して批判的なクセに、兄上から与えられる恩恵のみを搾取しようとしている蛆虫どもに救いは必要無いと思います!」
明るいのに、何処か黒い物を感じる黄河の微笑み。
「第三王子の黒い笑顔が、おっさんの胃に効果抜群なんですけど……」
「え……僕、何か変なことを言いましたか?
それに黒い笑顔と言われても……?
全くもって僕には心当たりが有りませんので、不思議ですね。
ああ、でも……一応なりとも王太子殿下の護衛をしつつ、僕の護衛も引き受けたのですから、僕とも仲良くして頂けると嬉しいです!」
「……おっさんに闇落ち十秒前な王子様の担当は重過ぎますって…………ああ、胃が痛い……」
シクシクと痛む胃を押さえる凌善。
「(……黒さん、何か夏侯さんが煤けているけど大丈夫かな?)」
「んあ?
まー……悲しい中間管理職の運命だから良いんじゃね?」
「(うーん……そういうもの、なのかな……?)」
「おー……んじゃ、俺はお昼寝タイムだからなぁ……」
昼食を食べたあとの満腹感と気持ちのいい眠気に抗うことなく船を漕ぐ黒龍。
「(うん、おやすみ)」
既に定位置となっている長椅子の上で丸くなって、鼻提灯を膨らませ始めた黒龍に、黎深は心の中で柔らかく微笑む。
「それで、夏侯 凌善。
本題は何だ。
それとも、王太子殿下の近衛は暇なのか?
(えっと……夏侯さん。
本題とかって有りますか?
夏侯さんの担当する王太子殿下の護衛とかって、すごく大変そうなんですけど……?
それなのに、僕に会いに来る理由って何かなーって……)」
「っ……」
黎深の一言で黄河と漫才のような会話を交わしていた凌善の空気が変わる。
「ハハっ……流石は、第二王子殿下」
押し殺した怒りにギラついた凌善の瞳が、黎深を射抜く。
凌善から立ち昇る怒りの波動に、心の中で黎深は悲鳴を上げる。
「……ちょおっとばかし、第二王子殿下にご相談したいことが有りまして♡」
ニイッと口角を上げた凌善は、ハートが付きそうな声音とは裏腹に、殺意に溢れているのだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きも読みたい!」 「面白かった!」「応援したい!」
と感じていただけましたら、ブックマークや評価(★★★★★)で応援していただけると、とても嬉しいです。
一つひとつの応援が、物語を書き続ける力になっています。
最後まで楽しんでいただけるよう頑張りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。




