第三十七話
玉座の間で、黎深が婚約の白紙を求めて数日後。
宮廷内にある小会議室に、数人の人影があった。
「(……ねえ……黒さん)」
「んあ?」
「(なんでさ……婚約を白紙にして貰った相手と、その父親と向かい合って座っているのかな……)」
「あー……何でと、言われてもなぁ……」
何故か小会議室で馬 淑芳と馬 徳祐を前に向き合うことになった黎深は、心の中で戸惑う。
「(僕との婚約破棄は向こうも喜ばしいことだと思うんだけど……アレかな?
お前如きがうちの娘の経歴に傷を付けるとは言い度胸だ的な……?)」
何となく思い浮かぶのは、結婚の挨拶からのお約束のちゃぶ台返し、もしくは何処の馬の骨パターン。
「(いやいやいや……!
淑芳ちゃん?さん?
あー……淑芳さんは、とても可愛らしい女の子だと思うよ?!
思うけどね!僕はロリコンじゃないし!
流石に、中学生を妻に迎えるのは抵抗があるんだよっっ!!
それに、淑芳さんも僕のことを怖がっているみたいだったし!
怖がる女の子に対して、嫌がるようなことはやりたくないだけなんですぅぅぅぅ!!)」
心の中で涙を流しながら右往左往する黎深の顔面は、相変わらず無表情でピクリとも動かない。
「それなー。
妻に怖がられる夫って、最初っからクライマックスってゆーか。
最初っから夫婦関係が破綻してるよなー……」
「(そうなんだよ、黒さんぅぅぅぅ!!
最初っからプラマイゼロ所か、マイナスぶっちぎりから夫婦関係スタートって……!
恋愛経験皆無の僕には無理ゲー過ぎるよぉぉぉぉ……)」
「………………恋愛経験なぁ……茨の道、いや針山かもな」
心の中で恋愛経験皆無だと嘆く黎深を横目に見て黒龍は、遠い目をしてしまう。
重過ぎーる、デカ過ぎーる感情を黎深に向けている兄弟二人の存在が、茨を超えて針山だな……と黒龍は口にはしないが思った。
「(しかも……何で、兄上が同席なの……?
なに、僕が余計なことをしないように見張り的な感じかな?)」
「……単に、適当な理由を付けて黎深に会いたかっただけじゃないか?」
「(え……それは、有り得ないよ。
だって、王太子って忙しいんだよ。
微妙な関係の僕に会う暇があれば、他のことをすると思うな)」
「おー……」
兄である王太子から向けられている激重感情に全く気が付いていないなぁ……と黒龍は考えつつ、黎深の横で身体を伸ばす。
ぶっちゃけ黒龍にとって、激ウマなご飯を作ったり、エビチリを作れる訳では無い王太子への擁護をする理由は無いのである。
「徳祐殿、此度の謁見の申請には驚いたよ。」
王族の一人である黎深への謁見の申請。
国王夫婦や王太子夫婦は兎も角、黎深への謁見の申請は滅多に無い事だった。
「出来るだけ早く第二王子と会いたいと申請を受けたけど、先日の婚約の白紙に関して何か問題が有ったのだろうか?
少なくとも、徳祐殿は婚約の白紙に反対しなかったように見えたんだが……」
「……恐れながら、婚約の白紙に関して私共に異論は御座いません。
ただ、最後にもう一度だけ第二王子殿下にお目通りを願いたかっただけに御座います。」
「…………」
なぜ今更?
碧雲の脳裏に一瞬だけ疑問が浮かんだ。
……正直に言えば、馬一族から黎深への謁見の申請が出ていると伝え聞いた時、黎深を害するつもりなのかと考えてしまったのだ。
「(……杞憂ならば、いい。
だが……それ以外に、わざわざ彼らが黎深に会いたがる理由が思い付かなかった。)」
表面上では、いつも通りに微笑みながら、碧雲は黎深の盾になると覚悟を決めていた。
「……申し訳ありません、王太子殿下。
私めが、もう一度第二王子と言葉を交わしてみたいと父に我儘を申したのです……」
「……淑芳姫が、か?」
楚々として、大人しく父である徳祐の隣に座っていた淑芳の言葉に碧雲は微かに目を丸くする。
「(えっ?!
僕と話したいっ?!
何をっ?!今までの恨み言っ?!
僕っ!無実だよっ?!
何もしてないと……いや、え?
雰囲気が怖いだけでもNG??
それも駄目だったりしたのっっ?!)」
内心では盛大に焦っている黎深の傍らで、黒龍は穏やかに鼻提灯を膨らませている。
「その……」
話したいと言った手前、チラリと黎深に視線を向けた淑芳。
「っ……」
しかし、淑芳の目には不機嫌そうに黙して座っている黎深の瞳に、感情を感じることが出来ない。
勇気を振り絞って黎深に会いに来た淑芳の心が、音を立てて萎んでいく。
「……言葉を交わしてみたい……か。
貴様とまともに言葉を交わした記憶は元よりないが?
(話してみたい……と言われても……。
その、何を話して良いのか分からなくて、ですね……)」
「っ……申し訳ありません……」
「……責めてはいない。
だが……怯える子供を妻にするほど、私は女に不自由などしていない。
(うえぇぇぇぇっ?!
責めてないよっ?!
えっと!僕のことを怖がっているからっ!
怖がっている子を妻になんてしたら可哀想だからぁぁぁぁぁっっ!!)」
「っ……」
「仙女のように慈悲深いと謳われる貴様には、他の女との婚約を破棄してでも欲しいと望む物好きが多いらしい。」
僕のお口ぃぃぃぃぃぃっっ?!
僕なんかよりも、素敵な人がいますよって伝えたいだけなのにぃぃぃ!!
何でっそんな捻くれた言い方をするのぉぉぉ……!!!
「第二王子殿下っ……それは、娘に対してもあまりにも……!」
「……くだらぬ。
言葉を交わしたいなどと言いつつ、わざわざ私の本心を聞きに来たのだろう。
……私は、望み通りにしてやっただけだ。
(すみません、ごめんなさいぃぃぃ!
たぶん!たぶんだけど、僕なんかが自慢のお嬢さんに婚約破棄を言い出したのが気に障ったんだよね?!
僕みたいに死亡フラグが立っている奴なんかよりも、お嬢さんを大切にしてくれる素敵な人は山程いますから!!)」
外見上は、馬親子を冷たく睥睨して、さっさと席を立ち去る黎深。
「(黒さんぅぅぅぅ!!
僕のお口が、もう嫌だぁぁぁぁぁっっ!!!)」
内面上は、身も蓋もなく泣き叫びながら立ち去る黎深。
「…………」
「…………」
「…………」
小会議室に残された三人に、重苦しい空気が残される。
「…………」
しかし、速やかに立ち去って行く黎深の背中に、碧雲は心配そうな眼差しを送る。
そして、黎深の兄として目の前の二人へと向き合うのだった。
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