第三十四話
「矮小な己が望むことは、唯一つ。」
玉座に座る王を見据え、黎深は堂々と言い放つ。
「馬 淑芳との婚約を白紙に戻して頂きたい。」
一文字に引き結んだ無表情の黎深の言葉に、王・法翔は微かに目を見開き、居並ぶ貴族たちにも動揺が走るのだった。
カンカン、トントン……。
腐りかけた床板や穴の開いた壁を修繕する音が響く北の離宮。
「……平和な宮廷に不穏な影を落とす己の不徳を顧みて、引き続き北の離宮にて謹慎します」
「……………」
「黎深……君は、やはり周囲の言葉を気にしていたんだね……」
北の離宮にある談話室。
範が取り急ぎ修繕した一室には、何故か輝く王太子・碧雲の姿が有った。
その背後には、居心地の悪そうな凌善が護衛として控えている。
「(……ねえ……黒さん。
何で、王太子殿下が此処にいると思う?
疑わしきは罰せよじゃないけど……よくも、妻の柔肌に触れたな的な感じだったりするのかな……)」
「あー……それは、考え過ぎじゃねえか?
つーか、自分でも、それは無いって思ってんじゃん」
「(たぶん、無いとは思うんだけど……穿った見方をしちゃうっていうか……。
……周囲の目を考えると……お互いのためにはならない気がして……)」
「そりゃあ……まーな。
今まで不仲だった兄貴が、当たり前のように目の前で優雅に茶を啜られたら戸惑うよな」
王太子達に姿を見せるつもりはないのか、姿も声も王太子達には分からないようにしている黒龍。
「ぶっちゃけ、面倒くさいから本人に直接聞いてみたらどうだ?」
「(でも……黒さんは、人の心が読め…………黒さんの力に頼るのは、卑怯だね)」
言いそうになった言葉を飲み込んで、黎深は意を決して碧雲へと視線を向ける。
「……王太子殿下」
「っ……なんだい?!」
目の前にいるのに視線も向けてくれず、黎深から居ない者として扱われていると思っていた碧雲。
憮然とした表情は変わらないものの、自分を見てくれた黎深に碧雲の心に喜びが満ちる。
「……次期王である完璧なる王太子殿下が、私のような人徳のない愚か者に用など無いでしょう。
(あの!
王太子殿下はお忙しいと思いますし!
自分なんかに何の御用でしょうかっ?!)」
「っ……」
「護衛の者達も良い顔はしないでしょうに。
……ああ、そうでしたね。
王太子殿下は、何時だって完璧な御方だ。
執務の合間に、不出来で野心家な獣の顔を見学する暇を捻出するなど造作もないことか。
……王太子殿下が、何をお考えか分かりたくも有りませんが、疾く立ち去ることをお勧め致しますが?
(えっと……護衛の人たちも心配しちゃうと思います!
それに……僕のことなんて信じられないだろうし……。
もしかして……僕が隅っこの離宮に居ることすら嫌だったり……)」
宮廷内で一番襤褸い北の離宮にすら居ては駄目ならば、黎深は旅に出るしかないなぁ……と心の中で苦笑する。
「(……あちゃー……なかなか辛辣なお言葉だなぁ……。
だけど、おっさんが第二王子の立場だったなら戸惑っちまうのは分かるぜ……。
今まで散々距離を取ってきた兄貴が、急に何事も無かったように近付いて来たら警戒するわな……)」
護衛として碧雲の斜め後ろに控える凌善は、心の中で頭を抱える。
横目にチラリと主君である碧雲を見やれば、控えめに言って絶望したような面持ちを晒している。
「それとも、この離宮が気に入ったならば、私が去りま……」
「違うっ!
違うんだっ!誤解なんだっっ!!
全部お兄ちゃんが悪かったっっ!!
可愛い可愛い弟のことを信じるではなくてっ!
信じたいなんて言ってごめんよぉぉぉっっ!!!
だからっ!お兄ちゃんに出て行けなんて言わないでぇぇぇぇぇっっ!!!」
ガタリと立ち上がったかと思えば、顔面を蒼白にして必死の形相で叫ぶ碧雲。
「……………は?」
碧雲の叫びに黎深は虚を突かれてしまう。
「おいおいっ、嘘だろっ?!マジかっ!
なんか、ブラコン化仕掛けてんなぁって思ったら!
一気に執着心マシマシのブラコン野郎に進化しやがった!!」
「(……えっ?!
黒さんぅぅぅぅ?!
いったい全体、どういうことぉぉぉ?!)」
「いや、さー……離宮に現れた時から、なんか……お前と仲直りしたい的な思考回路になってんなーって。」
「(……はあぁぁぁぁぁっっ?!
何がどうなって、そんなことにっ?!
えっ?!僕のことを疑ってて、嫌って……)」
「うんにゃ……そいつの頭の中は、自分の後を付いて回ってた子供の頃の黎深の笑顔でいっぱいだぜ?
…………ぶっちゃけ、引くわー……」
黒龍の最後に呟いた言葉は黎深には聞こえなかったものの、兄が自分と仲直りしたいと考えているという事実に驚いてしまう。
「……意味が分からぬ」
「可愛い可愛い大切な弟に謝罪して、仲直りしたくて会いに来たんだ!」
「可愛いと言われるような年ではない。
それに、今更兄面をして何を企んでいる?」
「えっと……"大好きな兄上が急に僕のそばに来てくれるのは嬉しいけれど……黎深、戸惑っちゃう"ということかな??」
「……誰か取扱説明書を持ってこい。
王太子殿下が壊れたぞ。」
意味が分からないよ!
どういうこと?!
黎深の脳内は、碧雲の奇行に対する疑問で埋め尽くされてしまう。
「……夏侯 凌善、お前の護衛対象は頭でも激しく殴打したのか?」
「申し訳ありません、第二王子殿下。
碧雲様は頭部を損傷などされた事実は御座いません。
殿下以外の前では、お変わりない言動をされていました。
大変申し上げにくいのですが……殿下の前でのみの言動かと……」
「………………理解できん」
常に不機嫌そうな表情を浮かべている黎深が、本気で困惑している様子を感じ取った凌善。
「(……なんつーか……初めてまともに会話を第二王子と交わしたけど…………普通に話が通じる御方だな……)」
其処、彼処に転がる第二王子の嘘か真かわからない噂の数々。
「……碧雲様……第二王子殿下が、困っていますよ。
それに……婚約を白紙に戻した件の理由もお聞きになりたかったのでしょう?」
「はっ……!
すまない……私としたことが、取り乱してしまった……!」
別に第二王子のためじゃないが……と、思いつつ凌善は碧雲へと声を掛ける。
「取り乱してしまって、すまなかった。
……実は、聞きたいことがあって訪ねて来たんだ。
もちろん、一番は黎深と仲直りがしたかったからなんだけど……」
凌善の声掛けに正気を取り戻した碧雲は、改めて黎深に微笑みを向けるのだった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「続きも読みたい!」 「面白かった!」「応援したい!」
と感じていただけましたら、ブックマークや評価(★★★★★)で応援していただけると、とても嬉しいです。
一つひとつの応援が、物語を書き続ける力になっています。
最後まで楽しんでいただけるよう頑張りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。




