第三十二話
「うんめえぇぇぇぇぇっっ!!!」
口いっぱいにエビチリを頬張り、飲み込んだ黒龍が目をキラキラさせて叫ぶ。
「(美味しいね、黒さん。
やっぱり範さん特製のエビチリは、控えめに言って最高だと思う!)」
「おう!
マジでなー、範の作った飯は美味い!
俺的にはエビチリも好きだが、酢豚や餃子も捨てがたい!」
美味い美味い!と黎深がこっそりと取り分けたエビチリを隠れて食べる黒龍。
「兄上っ!
すっごく美味しいですね!
大きなエビがプリプリしています!
こんなに美味しいエビチリ、初めて食べました……!」
「ほっほっほっ!
これ程までに喜んで頂けますと、作った甲斐が有るというものです。」
黒龍に負けないくらいに幸せそうにエビチリを頬張る黄河に、範も嬉しそうに微笑む。
「あーあ……もっと、食いてぇけど…………黎深以外の前だと、エビが空中に消えているように見えちまうからなー……」
「(あ……僕が黄河くんを誘ったから…………ごめんね、黒さん……)」
「うんにゃ、別に食わなくても死なねーから問題はないんだが…………クソ!範の飯が美味すぎるのが悪い!」
物足りなさそうに叫ぶ黒龍に、心の中で黎深は落ち込んでしまう。
「……黎深様」
「なんだ」
「此方を。」
黎深を呼ぶ範へと視線を向ければ、微笑みと共に差し出された小皿の上に山盛りに取り分けられたエビチリ。
「……………範?」
「姿を見たいとは申しませんが、隠れて食べるよりも食卓に共についた方が宜しいのではないでしょうか?」
「…………何時、気が付いた?
(えっ?!嘘っ?!
範さんってば、黒さんに気が付いていたのっ?!)」
訝しげな黎深に対し、微笑みを崩すことなく範が答えた。
その答えに微かに目を見開いた黎深に、範は満足そうに笑みを深くする。
「……マジか。
チラッとも俺の存在を匂わせるようなことは考えて無かったぞ……!」
驚きにパッカリと口を開いた黒龍が、目を丸くして範を見る。
人間の心が読める黒龍にとって、範の言動は予想外も良い所だった。
「……?
兄上、範さん、何の話ですか?」
一人だけ話が読めない黄河が不思議そうな表情で、黎深と範を交互に見る。
「ほっほっほっ……違和感を覚えたのは、黎深様が落馬された夜。
ちょうど王太子殿下の生誕の宴があった後のこと。
……それ以降、黎深様が普段は召し上がらない饅頭などを手配するように、私めにお命じになることが増えましたので。」
そう、あの日を境に黎深の纏う空気がほんの少し、ほんの少しだが……柔らかくなったのだ。
「……今までの貴方様ならば、饅頭などは兎も角……黄河様に関わろうとされたり、王太子妃殿下を助けに向かうなど為さらなかったでしょう?」
「……否定はせぬ。
(うわぁ……流石、範さん!
最初っから気付かれてたよ、黒さん!)」
「……へぇ?
人間にしてはやるじゃないか。
流石は、エビチリの魔術師!
俺の胃袋をガッツリ掴むだけのことは有るな!」
心の中で素直に感嘆の声を上げる黎深と、変な方向に感心している黒龍。
「(えっと……黒さん?
この場合は、どうしたらいいかな?
契約書には、契約者以外に姿を見せちゃ駄目とかは書いてなかった気がするけど……?)」
「んあ?
お前……バカ正直な奴だな?!
あの細かくて、クソ長い契約書をちゃんと読むとは……!」
「(……黒さんが、読めって言ったんだよぉぉぉ……)」
すごく重要なのだと気構えて、契約書を読み込んだのにと肩を落とす黎深。
「まあまあ、そう気を落とすなって!」
楽しそうに笑ったかと思えば、黒龍は縫いぐるみのような身体で器用にニイッと笑う。
「折角の機会だ。
美味い飯を馳走になった礼として、俺の真の姿の一つも拝ませてやるよ」
「(へ……?
ちょっ?!
待ってっっ黒さんぅぅぅぅ!!
大っきい龍の姿になったら離宮が壊れちゃぅぅぅぅっっ!!!)」
「あ……そりゃそうだな!
んじゃ、人間の姿にでもなってみるか?」
言うが早いか、ポンッ!と軽快な音がして、白い煙が黎深の隣に広がる。
「……おやおや」
「なっ、えっ?!火事ですかっ?!」
煙が収まったと思えば、褐色の肌の美丈夫が黎深の肩に寄り掛かるように立っていた。
「よお、初めまして……か?
我は、この世界が創生された頃より生きる双龍が片割れにして、陰を司る者……黒龍なり」
紫水晶のような瞳が煌めき、八重歯が覗く口角が上がる。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ?!」
「……おや、想像していたよりも、大物が現れましたねぇ」
黒龍の言葉に黄河は目をまん丸にして叫び、範は微かに目を見開いたと思えば目尻を下げて笑う。
「………………よし、龍としての尊厳と威厳的な物はコレでいいな。」
範は微妙な反応だったが、黄河の驚きっぷりに満足そうに頷いた黒龍は、ゴソゴソと黎深の隣の椅子に腰掛ける。
「つーわけで、範。
マジウマなエビチリを山盛り食わせろ」
「ほっほっほっ!承知いたしました。」
当然のように範へと命令する黒龍に、嫌な顔一つせずに範は対応する。
「……黒龍」
「んあ?」
「貴様という奴は、風情の欠片も無い生き物だな。
(ちょっと、黒さんぅぅぅぅ!
吃驚して目を白黒させている黄河くんを放っといて、自己紹介の後の第一声がエビチリって……!)」
「あーまー……しょーがないだろ?
食わなくても死なんが、美味いモンは美味い!
美味すぎる範のエビチリが悪い!」
「(黒さんったら、もう…………しょうがない人だね)」
心の中で困ったように微笑む黎深に、黒龍も楽しそうに笑顔を返す。
「……黄河、お前も慣れろ。
黒龍とは、このような生き物だ。」
「……あ……え……」
普段と変わらぬ黎深の声や表情に、黄河は目を瞬かせる。
「っ…………」
そして、何かを理解したように瞳を輝かせ、頬を薔薇色に染め、口を開くのだった。
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