第三十話
「今現在、立ち入り禁止になっている礼部管理の廟の中で!
例の礼部の高官が鍵を持ち出しているのは、雑木林の奥にある古い白龍廟のみです!」
「王太子殿下!
件の礼部高官の姿も、昼過ぎより見当たらないとのことですぞ!」
「くそ……!急ぐぞ!」
「黎深兄上っ!兄上ぇぇぇぇぇっっ!!」
数多の近衛兵達を引き連れ、一心不乱に古い白龍廟に向けて走る王太子達。
「っ……何だっ?!」
古い白龍廟まで、後少しと言う所で地響きが起こり、雑木林の中の鳥たちが騒いで飛び立つ。
「……あれ、は……」
土埃が舞い上がり……晴れた先には、普段にも増して不機嫌なオーラを纏った黎深。
……その足元には、数人の男達が転がっている。
「何故っ……第二王子が此処にっ?!
お前は、死んだはずではっ……くそっ、失敗しおったのか!
高い金を払ったというのに、あの役立たず共めっっ!!」
「……言いたいことは、それだけか?
この私に要らぬ嫌疑掛けたのだから、簡単に死ねると思わぬことだ。」
「ふんっ!
例え、王太子妃を、その女を助けた所で!
誰が、貴様なんぞを信じると言うのだっ?!
この宮廷に、お前のことを信じる者など居るものかっ!
血を分けた兄であるお優しい王太子殿下ですら、お前を厭うているというのにっ!」
狂ったように嗤う礼部の高官を尻目に、黎深は淡々と王太子妃・玉葉が閉じ込められている衣装箱を開けていく。
「…………」
衣装箱の中には猿轡をはめられ、手足を縛られた玉葉が震えていた。
「っ……れ、いしん、どの……!」
箱を空けたのが黎深だと分かった玉葉の瞳に安堵の光が灯る。
速やかに猿轡を外し、手足の縄をほどけば、玉葉はか細い声で黎深の名を呼び、涙を流した。
「何故、分からない……!
そんなことをしても無駄なのだ!」
「……黎深、どの……っ!」
刺々しい空気を纏い、眉間に深い皺を刻んだ黎深の弱った玉葉を抱き起こす手付きは……とても、優しい。
「その女がどんな証言をしたとしても!
お前の身の潔白は晴れることなどないのだ!」
喚き続ける礼部の高官の声が、王太子達の耳にも届く。
……そした、その言葉の一つ一つが彼らの、王太子の胸に突き刺さっていく。
「言いたいことは……それだけ、か?」
感情のない低い朗々とした声が、喚き続ける礼部の高官の嗄れた声を斬り伏せる。
「っ……第二王子、殿下……」
玉葉を背に庇い、礼部の高官と対峙する黎深の放つ憤怒。
「ひっ……!!」
そのあまりの圧に、礼部の高官は気圧され、脂汗が流れる。
「……そ、そうだ!」
焦って思考が空回りしていた礼部の高官の脳裏に、起死回生の一手が閃く。
「第二王子殿下!
儂と手を組みませぬかっ?!
貴方様にこそっ!王冠は相応しいっっ!!」
唾を飛ばしながら叫んだ礼部の高官。
「そして!
今まで貴方様を虚仮にしてきた奴らを根絶やしにしてやるのです……!」
力をおかしします!と叫ぶ礼部の高官。
「……ほう?」
無表情だった黎深が底冷えのするような笑みを浮かべる。
「……私を恐れる塵芥を踏み潰し。
私に侮蔑の言葉を囁いた虫螻共を消し去る。」
「お、おお……その意気です……!
その意気でございます!
それでこそ……王者に相応し……」
突破口を得た!と希望の光を見出した礼部の高官の顔に欲深い笑みが戻る。
第二王子を祭り上げて、王位を簒奪した暁には、その足元で甘い蜜を啜る!
人徳の君などと呼ばれる王太子よりも、よほどやりやすいかもしれないと礼部の高官の口角が上がった。
「だが……それに、何の価値がある?」
「…………は?」
しかし、続いた黎深の言葉に礼部の高官は、虚を突かれる。
飛び出す機を逃して、盗み聞きする形になった王太子達も息を呑む。
「……玉座も王冠も、あんなもの私には必要ない。
どんなに美しい代物でも、私が手にすれば血で穢れるだけだ。」
自虐の笑みと共に溢れた黎深の言葉に、玉葉は目を見開く。
「っ……おの、れっ……おのれぇぇぇぇぇっっ!!」
「っ……いゃ……!」
破れかぶれに持っていた短剣を取り出し、黎深達へと突進して来る礼部の高官。
迫りくる凶器を持った男に、玉葉が怯えて黎深へと縋り付く。
「……目を閉じていろ」
「っ……はぃ……」
縋り付く玉葉の視界から礼部の高官が見えないように、黎深は玉葉を抱き寄せる。
「轟き、落ちろ」
耳をつんざく激しい轟音と目を焼く白い閃光。
「…………くだらぬ」
開いている片腕を払うように動かせば、立ち上っていた土煙は一瞬で風に飛ばされ晴れ渡る。
「…………」
土煙が晴れた地面には、黒く煤けた礼部の高官が倒れていた。
心なしかピクピクと痙攣し、白目を剥いて泡を吐いている。
「……それで?
貴様らは何時まで見物しているつもりだ?」
ジロリ、と黎深の瞳が、木陰の影で様子を窺っていた王太子達を捉える。
「っ……れい、第二王子……」
「…………」
「……そ、の……」
何かを言いたげだが、思考が纏まらないのか口籠る王太子の横を山吹色の風が吹か抜けた。
「兄上っ!兄上ぇぇぇぇぇっっ!!」
「……黄河、止まれ」
まるで体当たりのような勢いで、黎深に向けて突進して来た黄河。
その黄河に向かって黎深が一言告げれば、その動きがピタリと止まった。
「…………約束は果たした。」
「っ……」
抱き寄せていた玉葉の身体を引き離し、王太子に向かって背中を押す。
「ぁ……へ、きうん……さ、ま……碧雲、さま……!」
「っ……玉葉……!」
「碧雲さまぁぁっ……!」
王太子の姿を見た玉葉は、ポロポロと大粒の涙を流して震える指先を伸ばす。
「すまないっ……すまない、玉葉……!」
「碧雲さま……!」
「すぐに助け出せなくて、すまなかった……!」
弾かれたように動いた王太子が、玉葉に駆け寄って引き寄せ、固く抱き寄せる。
「…………帰る」
玉葉が王太子に抱き締められたことを確認し、黎深が呟く。
「兄上、お待ち下さい!
今回の犯人は、あの豚のようなヤツですね!
兄上に冤罪を着せたばかりか、命まで狙ったクソは今すぐに目玉をくり抜きます!」
今すぐにでも、何処からともなく取り出した木の匙で、白目を剥いて倒れた犯人たちの目玉を狙おうとしている黄河。
「おいぃぃぃっっ!!
誰か、この闇落ち王子を止めろっ!
つーかっ!木の匙で目玉を刳り貫こうとすんなっっ!!」
おっさんには荷が重いぃぃぃっっ!!と叫びながら黄河を羽交い締めにする凌善。
「そうか、そういうことですね!夏侯殿っ!!」
何かを理解したように、ちょっとだけ身体の力を抜いた黄河が輝く笑顔を凌善へと向ける。
「あ……やっと、おっさんの気持ちが届いた……」
「木の匙では血のシミや匂いが残るから、金属製の匙を使えということですね!」
「ちっっがぁうぅぅぅぅ!!!」
ギャーギャーと大騒ぎする黄河と凌善。
「…………黄河」
「はい!兄上っ!」
しかし、黎深が一言名前を呼べば、瞬時に視線を黎深へと向ける黄河。
「……そのような下衆は、捨て置け。」
「う……でも……」
黎深の言葉に、黄河は少しだけ迷った素振りを見せる。
「黄河……私と共に夕餉を摂ることよりも、下衆の目玉を刳り貫く方が重要だと?」
「帰ります!」
一緒に夕餉という言葉に、黄河の瞳が輝き、羽交い締めしていた凌善の腕から擦り抜ける。
「……ならば良い」
もう用は無いとばかりに、王太子や凌善達に背を向けた黎深が歩き出す。
「夏侯殿、あのクソ共の目玉を刳り貫いて、酢漬けにして、豚の餌にする工程は貴殿にお願いします!」
「おいっ!ちょっと、待ってぇぇぇぇぇ!!
草臥れたおっさんに、難易度高過ぎの闇落ち案件を押し付けて行かないでぇぇぇぇぇっっ!!!」
僕は忙しいので失礼します!と輝く笑顔を残して去っていく黄河に、凌善の魂の叫びが木霊するのだった。
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