第二十八話
「……取り敢えず……落ち着いて状況を整理しますよ」
湯気が立つ大鍋にドボン!する予定だった侵入者達を確保した凌善と剛炎。
「うむ……後にも先にも、王族の命を狙った侵入者達を捕縛した瞬間に、その侵入者達に泣いて喜ばれたのは初めてだ……」
「……普通に生きてて、そんな場面に遭遇するなんざ、二度とゴメンですけどね!」
鳥の巣のような頭をガシガシと掻き回し、凌善は深いため息を付く。
「おやおや……お疲れの御様子。
お茶を淹れましたので、皆様如何ですかな?」
「おい、ジーさん。
アンタ、わざとだろ?
わざとだよな?
な・ん・で!
第三王子殿下以外の!
王太子殿下を含む俺達の茶から異臭が発生しているんだよ?!」
「異臭……で御座いますか?」
キョトンとした表情を浮かべる範に、凌善の額に青筋が浮かぶ。
「ほっほっほっ……どうやら、雑巾を絞った水とお湯を間違えたようですな」
「おい、誰かこのジジイを捕まえろ。
王太子殿下に対する不敬罪で首を跳ねちま……」
「王太子妃殿下のもとに向かった御様子ですな。
……なんでも、昔の約束を守るとのことで御座います。」
「「「「っ?!」」」」
シレッと重要な情報を吐き出した範に、四人の目の色が変わる。
「範さん!
兄上は、まさか……!」
「そうですな、王太子妃殿下を助けるために動かれている御様子。
……先ほどの侵入者共は、依頼者に頼まれて黎深様を自殺に見せ掛けて殺し。
その横に王太子妃殿下も殺して置くつもりだったらしいですな。」
まるで季節の話でもするかのように、世間話の一環のように話す範。
「っ……それ、は……」
「要するに、偽装工作で御座います。
王太子妃殿下と黎深様が、男女の深い仲に有った。
……そのように印象付けて、王太子妃の座を空白に戻したかったのでしょう。」
「っ……」
「そんなっ……理由で兄上を……!」
息を呑んだ王太子とは反対に、黄河の瞳に殺意が溢れ出す。
「範さん!
兄上の向かった先を知りませんか……!」
「ほっほっほっ……秘密で御座います」
「なっ……どうして……!」
「……他の誰が犠牲になろうとも。
黎深様は、大切な弟だと位置づけた黄河様の身に危険が及ぶことを望みませぬ」
ゆえに言わない、と微笑む範に二の句が告げなくなる黄河。
「ならば……!
ならば、私に教えて……」
「誠に恐れ多いのですが、王太子殿下の御身を危険にさらすような真似は出来ませぬ」
ピシャリと跳ね除けた範の微笑みは、黄河に向ける時よりも些か冷たい物が有った。
「なあ、ジーさん。
ソレって要するに……お前に教えてやる義理はない、ってことか?」
「おやおや……己のような下賤なものが、栄えある王族を捕まえて、そのようなことを言うはずが御座いませんでしょうに」
範は……微笑んでいる。
たが、その目は笑っていない。
「(兄上は……どうして、犯人がわかったのか……?)」
黎深の命を狙った侵入者達から情報を吐かせた方が早い!と動き出す周囲を横目に、黄河は思考を巡らせていく。
「(……僕と一緒にいた時に、兄上は連行された……。
その際に、何故捕縛するのか理由を尋ねて……王太子妃殿下が攫われたからだと告げられた。
……つまり、その時点では兄上は王太子妃誘拐の情報を得ていなかった……はず。)」
黄河は、どんどん思考を深くしていく。
「……あの、第三王子殿下……?」
「……夏侯殿、玉座の間で"何"が、黎深兄上の琴線に触れたのでしょうか?」
「……は?」
「僕と兄上の情報量は、関将軍に連行される時点では一緒だった。
牢の中で情報収集は困難だったと仮定すれば、情報を得たのは玉座の間。」
頭の中を整理するように呟く黄河に凌善は戸惑う。
「いや……あの御方のことだから、知ってて知らないふりをしていた、とか……」
「兄上は、斬り捨てるような言い方をされることは多いですが……嘘は付きません。」
あの玉座の間のやり取りで、黎深は確信に近い何かを得た。
そして……その"何か"が当たっていた。
「……第三王子……何故、玉座の間のやり取りに拘る?」
黄河の様子に気が付いた王太子が、小さく問い掛ける。
「……兄上は……この離宮で最後に会った時に言ったのです。」
『疑わしい、と曇った目で私を見て、真実を見落とす愚か者共など放っておけ』
……そう、その言葉が黎深が犯人に気が付いた理由を示しているとしたら……?
「……そういや……」
――第二王子を揶揄する彼奴等は、何と騒いでいた?
『怖い怖い……もしや、王位を望んでの凶行か?』
『……皇太子殿下の足元にも及ばぬクセに。』
『王太子妃殿下は、すでにこの世に居ないのでは?』
『あり得る……第二王子殿下が、その手に掛けて第三王子と共に遺体を池にでも沈めたのではないか?』
『遺体を沈めた池から目を逸らすために、わざと東の雑木林に玉の簪を放置したのやも……』
――黄河の言葉に、凌善は玉座の間でのやり取りを頭の中で記憶を辿っていく。
『ひっ……流石は血も涙も無い第二王子殿下!
考えることが、我らのような凡人とは一味違いますなぁ!』
『ほんに!
やはり貴方様が王太子妃殿下を拐かしたに違いありませぬ!
……そうそう……王太子妃殿下とは、第二王子殿下も浅からぬ縁だったと聞き及んでおりますぞ?
これで第二王子殿下の自室より、濃紺の衣でも出れば言い逃れはできませぬなぁ』
――曇った目で、真実を見落とす。
「…………っ?!」
行き着いた答えに、凌善は目を見開く。
「関将軍っ!
今回の一件って箝口令が敷かれています!」
「凌善?
急に何を言っている?
箝口令が敷かれていたのは、玉座の間で第二王子殿下を詰問した時まで……」
怪訝な表情の剛炎に、凌善は気が付いてしまった真実に胃が痛くなる。
「だからっ!
それが可笑しいんですよ!
何で、あの礼部の高官は王太子妃殿下の簪が見つかった場所や衣の色を知っているんですか?!」
「「っ……」」
凌善の叫びに目を見開く王太子達を横目に、範だけが優雅にお茶を啜るのだった。
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