第十九話
馬家、本邸。
「……第二王子殿下が、ですか……?」
父である徳祐の言葉に、淑芳は驚きに目を瞬かせる。
「うむ。
詳しくは語れぬのだが、とある嫌疑を掛けられて北の離宮に謹慎されている」
「……あの恐ろしい御方が……中途半端な真似を為さるとは、思えません……」
脳裏に浮かぶのは、何時だって冷たい瞳で淑芳を見下す黎深の姿。
「……淑芳よ、私は最近……間違っていたのでは無いかと、思うことがある……」
「お父様……?」
何処か苦しげな父親・徳祐の言葉に、淑芳は首を傾げてしまう。
「まだ……第二王子殿下が、十歳にも満たなかった頃……王太子殿下と第二王子殿下は、とても仲の良い兄弟だった」
「え……」
徳祐の言葉に淑芳は目を丸くしてしまう。
「(……王太子殿下と第二王子殿下、が……?
でも……お二人が笑顔で言葉を交わす姿なんて……見たことがないわ……)」
淑芳が知っているのは、何時だって不機嫌そうに、忌まわしそうに王太子を睨む第二王子の姿。
「だが……何時の頃からか、お二人は仲違いをされてしまった。
それからというもの……第二王子殿下に纏わる恐ろしい噂の類いは増えていったのだ。」
その噂を否定しなかった第二王子。
どんなに酷い噂が流れようとも、第二王子は眉一つ動かすことは無かった。
……しかし、徳祐は見てしまった。
「(……第二王子へと駆け寄る第三王子を待つ……あの御方の横顔は、確かに微笑んでいた。)」
まるで……あの頃の王太子と第二王子のように。
柔らかな光を宿した……第三王子を見詰める優しい眼差し。
「淑芳よ、あの御方とお前の婚約は陛下がお決めになったこと。
万が一、噂の通りの野心家だった場合……婚姻相手の家の武力を頼られては困る。」
もしも……第二王子を擁立して王位を狙う者達と手を組んでしまったならば……
「……国が荒れる原因を作る理由にはいかぬ。
我ら馬一族ならば、そのような愚かな行為に手を貸さないと陛下はお考えになってのこと。」
「それは……」
第二王子の野心を封じ込めるため。
淑芳と黎深の婚約は、それだけの理由で決められたのだと理解した。
「……最も、それは陛下の杞憂で終わりそうだと……思うのだ」
第三王子を庇い、守るように。
先日の第四王子の取り巻き達との一件を通して、徳祐の考えは変わった。
「どうか……此度の一件も、無事に解決すると良いのだが……」
そして……別れてしまった兄弟の道が、再び交わることを……徳祐は願ってやまない。
星が瞬く夜空を飛ぶ漆黒の龍。
「……人間は、本当に愚かなものだな」
宮廷内の端っこにある東屋に降り立ったと同時に、人の姿をとった黒龍。
「そうは思わないか……白龍、いや六花」
「……人間の愚かさなど、早々に変わるものではありませんわ」
黒龍以外は、誰も居ないはずの東屋から透き通った女の声が応えた。
「つーかよ、俺の封印が解かれてから様子をずっと伺ってただろ?
……何で声をかけねーんだ?」
「あら、そんなことも分からないのですか?
……貴方が妾のお饅頭を食べたことを謝っていないからです。」
星々の瞬きを糸にして集めたような美しい銀糸の髪。
白磁のような肌を持った美しいという言葉では足りない女、白龍が微笑む。
「お前なぁ……アレから百年だぜ?」
「たかが、百年の間違いですわね。
……妾とて、お饅頭を十個程度ならば食べても怒りません。
しかし、黒曜……!
貴方は百個、すべてを食べたのですよ!
せめて、二十個は残しておくのが礼儀というものです……!」
「あーあー……悪かった!」
「心が籠もっておりません!」
まったく貴方と言う龍は……!と怒る白龍だったが、昂ぶった心を鎮めるようにため息をつく。
「それで……?
先ほどの人間は愚かだと言う話は、貴方が今契約しているお気に入りの人間を取り巻く環境のことですか?」
「あ゛?」
「あの人間……とても面白く、そして可愛らしい物では有りませんか」
「…………」
クスクスと機嫌良さそうに笑う白龍に、黒龍の眉間にシワが寄る。
「……そうですわね……あの人間がゲームとやらの記憶を思い出している時に頭を除きましたが……面白い物ですね。
異界の人間の玩具に妾たちが登場するなど……それに……」
二イッと口角が上がる白龍の瞳には、少し前に覗いてきた黒龍のお気に入り……黎深の寝顔が浮かんでいた。
「……貴方のお気に入りですが……妾も気に入りました。
異性との経験は異界で生きていた頃も、今世も無い様子。
妾が、あの者の初めてを貰っても構いませんわ。」
「…………」
「それに、貴方も気に入っているのですから……さっさと眷属にしても宜しいのでは?
何でしたら、妾達二人で可愛がる……愛人として囲うのも良いかもしれませんわね。
人間の性別など、妾たちにとっては簡単に変化させることが出来ますもの。」
「…………」
白龍が言葉を重ねるほどに、黒龍の眉間のシワは深くなっていく。
「お前な……一応なりとも番の前で提案することか?」
「あら?
番としては扱いませんわ。
あくまでも愛人であり、愛玩動物です。
それに……妾は恋多き女ですが、最後は貴方のもとに戻って来るのだから、宜しいではありませんか?」
「…………」
ニコニコと微笑む白龍に、黒龍は深いため息をつく。
「そうと決まれば、早速あの者を眷属にして囲いま……」
「言いたいことは、それだけか……?」
柱を背に立っていた白龍の目の前に、一瞬で黒龍が詰め寄った。
黒龍の胡乱げな眼差しが、白龍を縫い留める。
「っ……」
「お前さー……俺を嫉妬させたいからって、いい加減にしとけ。」
「そっ、そのようなこと……!」
「有るだろ?
お前、俺以外とヤッたこと無いくせに。」
黒龍の言葉に肩をビクリと跳ねさせ、白龍は顔だけでなく首筋まで赤くする。
「それに……俺のことが大好きだもんなー?」
「っっ……こっ!黒龍のバカぁぁぁぁぁっっ!!!」
「うわっ?!いってぇぇぇぇっっ!!!」
顔を真っ赤に染めて、目をグルグルさせた白龍の黄金の右ストレートが黒龍の頬を捉えた。
「黒龍のバカ!バカ!!バァァカァァァァッッッ!!!」
「待っ……あーあー……行っちまいやがった……」
逃げてしまった白龍を見送り、黒龍は力なく笑うのだった。
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