第十三話〜他者視点〜
「っ……第二王子殿下……!」
「……何を泣いている?
何処か、怪我をしたのか?」
止めどなく溢れる涙が、第三王子の頬を濡らす。
「してません……!」
味噌っかす扱いされる僕みたいな存在を……!
第二王子殿下を越えるような男になるなんて……!
「……ただ……第二王子殿下の言葉が嬉しくて……!」
服がシワになるのも構わずに、ギュウっと握る。
「……なぜ、第二王子殿下と呼ぶ?」
「え……?」
「貴様は、先ほど私のことを"兄上"と呼んだだろう?」
「っ……?!」
表情はいつも通り不機嫌そうなのに、何処か不思議そうに見える黎深の顔。
「あ……いや!
そのっ……ぼ、僕なんかが、兄上なんて呼んだら……ご迷惑、ですよね……」
すみません……!と慌てたと思えば、俯く第三王子。
「……くだらぬ。
迷惑などと、私は告げた覚えはない。
…………貴様は、私の弟なのだ。
呼び名など、お前の好きにするが良い」
「っ……ぁ……」
僕の好きなように……好きなように、呼んでもいい……!
「ぁ……あに、うえ……」
「……何だ」
「兄上……!
僕も……僕もっ!
兄上に名前で呼んで頂きたい……あ、僕の名前は……」
「"黄河"だろう。
この双龍天華国を流れる命を育む悠久の大河。
……私が、弟の名も知らぬと思ったか?」
「っ……!」
『黄河……貴方の名前はね、この国の人々の命を育む大きな川のように。
強く、優しく大きく育ってくれるように……そう、願って付けたのよ』
病に倒れ、死ぬ間際の母が、最後の力を振り絞って息子へと伝えた……名前の意味。
その名前の意味すら……兄上は、察してくれたのだ!
「っ……黎深、兄上っっ……!!」
受け止めてくれる。
振り払ったりしない。
「ありがとう、ございますっっ……!!」
他の誰もが、冷酷非道の冷徹無比の男だと言おうともっっ……!!
「(僕はっ……知っている!
不器用な……兄上の、優しさを……!)」
力いっぱいに抱き着けば、微かに目を見開いた黎深が……慣れない手付きだけど、優しく宝物に触れるように僕を撫でてくれる!
「兄上!
僕は、兄上の期待に応えることができるように!
そして……必ずや、兄上を侮辱するクソ共を根絶やしにしてみせます!!」
「………………は?」
「見ていてください、兄上!
強くて格好良くて、賢くて素敵で、麗しい僕の兄上は、必ずや僕が御守りします!!!」
「……………………そう、か」
「はいっ!!」
そうだよ!
きっと僕は、この世界一素晴らしい兄上を御守りし、敬愛の限りを尽くすために生まれて来たんだ……!!
「……黄河、まずは己の身を守れることを優先せよ」
「はい、兄上!!」
絶対に、流石は兄上の右腕だと言われるように強くなってやる……!
「……黎深様、そろそろ宜しいですかな?
怪我の治療をさせて頂きたく。」
「っ……そうだった!
すみません、兄上!
僕が弱かったせいで……!」
兄上の側近の侍従である範さんの言葉にハッとする。
「……血はもう止まっている。
部屋に戻ってから手当てすれば問題ない。」
兄上の腕にくっきりと刻まれた傷痕。
こんな大きな怪我をしても泣き言一つ漏らさないなんて……やっぱり兄上は流石だ……!
――あの日から数日。
「兄上!
範さんに習いながらですが、お茶を淹れました!」
「……そうか」
あの日を境に、僕は兄上の侍従の範さんに習いながら、お茶の淹れ方を教えてもらったり。
将来的に、兄上のお役に立てるように勉学は勿論、武術の師も手配して貰って鍛錬に励んでいる。
「ほっほっほっ……黄河様は、流石は黎深様の弟君。
ご命令通り、呪符の師も手配を致しましたが、大変に筋がよろしいとのことです」
「……当然だ。
黄河は常に鍛錬に励み、向上心もある。」
「兄上……!」
「……食え」
「ありがとうございます……!」
僕に差出された桃饅頭。
一口食べれば、控えめな甘さが口いっぱいに広がっていく。
「美味しいです!」
「……そうか」
言葉数は少ないし、不機嫌そうな顔は何時も通りだけど……僕は知っている。
「ふふ……!」
僕が笑顔を向ければ、兄の口元も微かに上がっていることを!
※※※※※※※※※※
王族を害した第四王子の側近達が、第二王子によって捕縛されたことは宮廷を震撼させた。
取り巻き達は、一様に厳しい詮議の下で重罰を課せられた。
「このっ役立たず……!」
「う゛っ……?!」
怯えたように震える第四王子の頬を、華やかに着飾った妙齢の女の扇が激しく打つ。
「やっとの思いで陛下の愛を受け、産んだ赤子がお前のような出来損ないだったなど……!
せめて、この母のっ!
我らが一族の役に立とうという気持ちは無いのかっっ!!」
「ごめっ……申し訳ありません、母上っっ……!」
ふーっふーっと、肩で息をする鬼も真っ青な母親の顔。
その怒りから少しでも遠ざかろうと、身体を丸めて震える第四王子。
「くっ…………お前に与えた取り巻き共の一族もこのままにしておくものか……!
余計なことをして陛下の御心を遠ざけおって!」
「っ……ひ……」
怒り狂った母親の手から、扇が第四王子に向かって投げ付けられる。
「あ゛ぁぁっっ!!!」
一度怒り狂えば、部屋が滅茶苦茶になるまで止まらない己の母親。
その暴力から少しでも逃れたくて、第四王子はいつも部屋の隅で震えるのだ。
「お前がっ!!」
「いっ、たっ……!」
母親が第四王子の髪を掴んで持ち上げる。
「良いこと……!
身体でも何でも……どんな手を使ってでも、王太子に取り入りなさい。
次の王位に就く者に取り入って、我らが一族の繁栄を約束させるのです!」
「あうっ……」
掴まれた髪を支点に、壁に向かって投げ付けられる。
母親に掴まれていた第四王子の髪が、ブチブチと嫌な音を立てて千切れてしまう。
「そのために、役立たずなお前でも生かして貰っていると肝に銘じなさいっっ!!」
「は、い……はい、母上……!」
失せろ!の一言で、第四王子は震えながら自室へと戻った。
「っ……ふ、ぅ……うぅぅぅぅ……」
冷たい寝台の中に丸まって、第四王子は一人涙を流す。
「(誰か……だれか、たすけて……)」
口から零れ落ちることもない第四王子の助けを求める言葉。
……第四王子に訪れる黎明は、まだ遠かった。
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