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第9話 リリー・コンスタンスは、真実を見抜く(1)

 リリー・コンスタンスが、俺以外の人間に抹殺されるのを許しておけない。

 殺すために生かす。俺がリリーを助ける理由は、矛盾しているのかもしれない──


 彼女の盾となった俺を、アナスタシアは剣を止める理由にはしなかった。

 まずは、邪魔なお前から──と、言わんばかりに、サーベルの切っ先を俺に向ける。

 だがなぜか、すぐに打ち込んでは来なかった。


 ──なんだ? 懺悔の猶予でも与えているつもりか。

 だが、そうじゃないことにすぐ気づいた。彼女が待っていたのは、俺じゃない。マルガレーテからの合図。

 そうか、そうだな。アナスタシアは無差別な殺人者じゃないはずだ。いや、それも、合図次第、か……。


「──マルガレーテ! 生徒会の推薦、受けてやってもいいぞ」

 一時の猶予を利用した、苦し紛れの方便。目的はただ、彼女にアナスタシアへ合図を送らせないため、だけ。


「何を今さら──」 マルガレーテは呆れ顔で応えた。

 だが、反応が返ってくるのは、さっきの無視よりは前進だった。

「と、言いたいところだが……追加条件を飲むなら、いいよ」

 それどころか、返ってきたのは願ってもない交渉の提示。ああ、いいぞ。時間を稼げる。


「──君の手で、彼女を始末してくれ給えよ」


 マルガレーテの一手には、情け容赦は一切無かった。

 返事を待たず、アナスタシアと同じサーベルを、俺の方に投げてよこす。


 ──その答えがどちらだとしても、関係ない、か。

 そうだな、マルガレーテ・ナハトシャッテン。……正解だよ。

 君は、ただそれだけの一言で、俺の矛盾を崩壊させた。


 投げ渡された剣を掴み、そのまま縦に構える。目の前の白銀の刀身は、間違いなく真剣。なんの仕掛けもない。


 ──俺は何も知らない。

 マルガレーテがいう『この世の真実』が何で、それにリリーがどう関係するのか。

 アナスタシアと彼女が、なぜ殺し合いまでしなければならないのか。

 それと、あの木片の犬が、本当に彼女の(オスカー)なのか。


 俺は、サーベルの切っ先を、リリーの首元に揃えた。

「何か、言い残すことはあるか──」 ああ、”いかにもな”敵役のセリフだ。

 彼女は睨むでもなく、赦しを乞うでもなく、その碧眼を敵役に向ける。


「鞘楯君──。地獄の門は開いてしまったわ。早く、お逃げなさいな」

 それだけ言って、視線を逸らした。

 この期に及んで……見事だよ。リリー・コンスタンス。そうだ、その姿だけが、俺が知る、唯一の──。


「面白いね。僕たちが、悪魔だとでも言いたいのかな」

 俺たちの間に割って入り、マルガレーテは(あざけ)笑う。

「ま、いいや。さようなら。リリー・コンスタンス──」


 分かっていたわけじゃない。何も、決めていたことなんてない。

 ただ、その”いかにもな”敵役のセリフは、これ以上ない”合図”になった。


 その瞬間──俺は身体を反転し、サーベルをマルガレーテの方へ向けた。

 当然、アナスタシアはそんなことを許さない。彼女は俺の動きと同時に、自身のサーベルを俺に突き立てる。


 が──。俺に注意を向けた彼女の死角から、リリーが体当たりでそれを防いだ。


「クッ──!」 崩れた姿勢、不意の攻撃。たとえアナスタシアでも、同時に二つの行動は取れない。

 彼女は床に倒れ伏し、俺に一手の猶予を与える。

「待てっ!」 それでも執念深く、彼女は叫ぶ。だが、俺は止まらない。

 サーベルを構え、無防備なマルガレーテへ向けて突進した。


 突き刺さる。俺の体は、マルガレーテと息がかかるほどの距離まで接近した。

「──驚いた……。君が、ここまでやるとは思わなかった。ますます、欲しくなってしまったよ」

 彼女は、小さい手で俺の頬を撫でた。その手は温かく、人の血が通っていた。


”ガチャン” と音が鳴る。


 俺のサーベルが突き刺さったのは、マルガレーテのすぐ横。リリーが視線を送った先、地獄の門の開閉装置。

 簡単な話だ。あれだけの大仰な仕掛け扉。内側からも開けることができなければ、外に出れない。


 祭壇は動き出す。俺は、すぐさま体を反転させた。リリーは、その俺の前をすでに駆けていた。

 俺たちは、すべてをそのままに、地獄の門が閉じる生徒会室から逃げ出した──。


 礼拝堂を抜け出して、俺はリリーを追いかけるように走った。

 ちょうど昼休みも終わり、教室へ向かう人の波が向こうに見える。あの中に紛れれば、奴らも手を出せない。

 そう思った矢先、リリーは立ち止まった。


 ──ああ、そうか。 彼女に追いついて気付いた。

 彼女の右肩は、赤く染まっていた。血はもう止まっているようだったが、人に見せられる姿じゃない。


 俺はそれを隠すように、右側に立つ。 「このまま、保健室に行こう」

「────」 リリーは俯いて、何も言わなかった。だが、俺の意図は理解してくれた。


 保健室に向かう間、肩が触れるほどの距離にいながら、なにもしゃべらなかった。何をどう言えばいいのか、うまく整理できなかった。

 それは、彼女も同じだったかもしれない。いや、あるいは彼女は、知ってて言わないだけ、なのかもしれないが……。

 それに、そんなことより俺は、看護師になんて言い訳しようか、考えなければいけなかった。


 保健室に着くと、看護師はリリーを見て血相を変えた。俺の考えた言い訳を聞くより早く、治療の準備を始める。

 その作業をしながら、言い訳を聞いてはくれたが、信じたかは分からない。早々に俺は追い出された。

 そりゃそうだ。女性の体の治療に、男が居合わせてはまずい。


「鞘楯君──」 その去り際に、リリーは俺を呼び止めた。

「あなたなら、分かってくれると信じていたわ」

 感謝でも、懺悔でもない彼女の言葉に、今度は俺の方が、何も言えなかった。


 ──リリー・コンスタンス。やっぱり君は、すべてを見抜いていたのか。

 君のその笑顔は、とても雄弁に、俺に全てを語ってくれるよ。


 生徒会が介入しようと、俺の最重要任務クリティカルミッションに、変更は無い。

 今日、君を殺さなかったのは──エージェントたる者、二重依頼(ダブルオーダー)を受けたりはしないからだ。

 だから、また明日。その怪我を治してから、改めて──。


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