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第10話 リリー・コンスタンスは、真実を見抜く(2)

 次の日、リリーは授業に顔を出さなかった。

 あの後、授業の終わりに様子を探りに行ったら、ベッドで横になっているようだった。

 直接見たわけではないが、肩の怪我は深くはないようだ。だが、無理もない。真剣での斬り合いをしたのだ。精神的な療養も必要だろう。


 ──「鞘楯君。リリーに何かあったの?」

 授業の前にロッカが俺に聞く。いないクラスメイトを気遣う当然の疑問。それ自体はとても自然な事だ。

 だが俺は、なぜ俺に聞いたのか──が気になった。


「どうして、僕が知っていると?」

 ロッカの質問には答えず、かといって彼女を問いただす訳でもない自然な切り返し。

 アンチューサ・ロッカ──君には”借り”がある。それが返済されるまで、信用はできない。

 その意図すら読ませずに、俺はクラスメイトを探った。


 生徒会──あの存在は、俺の生活を根底から揺るがした。

 生徒会があること自体は問題じゃない。問題なのは、あの二人。マルガレーテが言ったことは、結局まるで分らなかった。

 そのどれ一つ、信じるには値しない。そのはずなんだ。誰がどう考えたって……。


「え、気にならないの? 鞘楯君は」 不機嫌に眉を(ひそ)める。


 その解答はズレているよ、ロッカ。俺の質問の答えになっていない。だが、問題は今、そこじゃない。

 問題は、これだけのやり取りでは、彼女が(たばか)っているのか、または、天然なのか、判断ができないことだ。


「リリーのこと、心配にならない?」 心の中を覗くように、一歩近づく。


 ああ、リリー・コンスタンスは、俺の最重要任務クリティカルミッションだ。でも、問題は今、そこじゃない。

 問題は、彼女と生徒会の繋がり。誰がどう考えたって、彼女の犬が木片になったなんて、有り得ないことだ。


「ねぇ、聞いてる?」 俺の顔を覗き込む。


 ああ、聞いているさ。まるで、俺の方が詰問されているようだ。彼女がいないのは、俺のせい。とでも言いたげな。

 アンチューサ・ロッカ──君のその翠緑(すいりょく)の瞳には、一体、何がどこまで見えている──?


「聞いてるよ。でもさ、理由が分からなければ、心配のしようがないよ」

 俺は、その嘘を覆い隠すため。至近距離にある彼女の瞳をじっと見つめた。


「──ちょっと、そんなに近づいて……まさか、教室でキスでもされるおつもり?」


 そこに投げ込まれた、まろやかな声。俺も、ロッカも、同時に振り向いた。

 その先で、こちらを微笑みかける声の正体は──マリー=バレリアンヌ。

 上品な言葉遣いは、彼女が本物のお嬢様である証。その中にも緩みが滲むのは、俺たちに対しての心遣いだ。


「もうっ、マリー。勘弁してよ。私が鞘楯君にそんなことするわけないじゃない」

 ロッカは俺の前から飛び退いて、マリーの肩を軽く叩いた。彼女はそんな振る舞いを(たしな)めたりせず、むしろ快く受け入れている。


「私には関係の無いこと、ですけれど……。リリーさんがいないときに、よろしいのかしら?」

 顔はロッカに向けながら、視線は俺に流してくる。俺はそれに、肩をすくめて返した。


 君の振る舞いは気品に溢れ、白金(プラチナ)のような透き通る輝きを持つ髪には、一点の曇りもない。きっと、俺が困っていると思って、救いの手を差し伸べてくれたのだろう。

 ──助かったよマリー。やはり、ロッカは苦手だ。ああいう掴みどころのないタイプは、読みにくい。

 でもね、マリー。どうして、君の口からリリーの名前が出てくるんだい──?


「なんか楽しそうじゃん♪ 俺も混ぜろよ」 そこに、カインまでもが絡んで来た。

 お前は……。いや、もうこの際、好きにしてくれ。


「大したことではありませんよ。ロッカさんが、鞘楯君とキスをされようとしていただけです」

 おい、マリー……好きにしろとは言ったが、君は俺を、火刑台にでも掛けたいのか。


「オイオイ、マジかよ。お前、ロッカとそういう仲だったのかよ」

 その虚偽情報(フェイクニュース)に踊らされているのか、あるいは、踊っているのか。その真偽はもうどうでもいいよ、カイン・アンヘル。

 今はそう、いっそすべてを煙に巻いてしまった方が都合がいい。


”バシッ──!” はしゃぐカインの尻を、ロッカが蹴っ飛ばした。

「いってぇ! なにすんだよ!」 いいぞ、もっとやれ。俺が赦す。


 だが、もうこうなると、収拾はつけられないだろう。

 俺は、次に起こるであろうカインの反撃を未然に防ぎつつ、(なだ)めるように胸を押さえた。

 彼だって、本気で怒っちゃいない。むしろ、俺が止めるところまでが、茶番劇である気もする……。


 窓際で会話する別の生徒たち──。

 後ろでロッカを応援するカインの友人たち──。

 また別のところでは、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。

 それは、当たり前の中に溶け込んでいた俺の日常。だが、”赤い薬”を飲んだ俺は、もうその外にいる。


 ──クラスメイトの中で、リリー・コンスタンスだけが特別だったのだろうか。

 

 彼女に、俺の知らない何かがあるのは間違いない。

 だが、そうであるのなら、他のクラスメイトにも、同じことが言えるはずだ。

 ならば、あるいは、ひょっとして──この中に、生徒会と繋がっている者がいても、おかしくはない。


 俺は、この学院の誰一人、もう信じられなくなっていた。


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