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第11話 リリー・コンスタンスは、真実を見抜く(3)

 昼休み──

 午前中、リリーが戻ることはなかった。それが理由じゃないが、俺はどうも教室に居づらかった。

 いや、原因は分かっていたんだ。他の奴がどうこう、ということじゃない。これは、俺自身の問題だった。 


 俺は、その足で再び生徒会室に向かった。

 マルガレーテと決着(ケリ)を付けるため──じゃない。

 もちろん、それができるに越したことはないが、暴力でなく話し合いで穏便に──なんて望みは持つだけ無駄だろう。


 俺はただ、確かめておきたかった。昨日起きたことが、真実だと。

 正常化バイアスのせいだろうか。昨日の出来事は、あまりに非現実的過ぎて、一晩過ぎたら実感が薄れていた。

 あの大仕掛けの祭壇でもいい。彼女が割ったステンドグラスでもいい。証明さえしてくれれば、なんでもよかった。


 リリー・コンスタンス──彼女に会って言葉を交わすことができさえすれば、こんなことは必要ないんだ。

 だが、それが叶わぬ俺には、確かなものは何一つ残っていなかった。ただ、彼女に会えないだけなのに……。

 ──笑えるな。これじゃまるで、恋慕じゃないか。


 礼拝堂の前に立つ。当然、あの二人への警戒は怠っていない。

 昨日は混乱して後手に回らざる負えなかったが、今回は違う。もし、扉を開けてあの二人が待ち構えていたなら、それも立派な証明だ。回れ右して、一目散に逃げればいい。


 そして扉を開けた時──俺の内から込み上げたのは、乾いた笑いだった。


 散乱していたガラス片は残らず片付けられ、割れたマリア様のステンドグラスは、幾何学模様のものに張り変えられていた。

 それだけじゃない。大仕掛けの祭壇からは、キリスト像だけが綺麗さっぱり消えていた。

 まるで、カトリックからプロテスタントに改宗したかの如く、だ。


 一応は、それなりの覚悟をして臨んだつもりだったが、その肩透かしの見事さに、笑うしかなかった。

 あるいは、仕掛け扉の向こうは、案外そのままなのかもしれない。

 だが、その開閉装置だったキリスト像が無くなった今、開ける術はない。なら無理やりにでも──なんて気分には、とてもなれなかった。


 これは、マルガレーテからのメッセージだ。

 こちらからの接触は受け付けない、と。そして、そうである限りは俺たちも安全なのだろう。恐らくは……。


 結局、無駄足だった。何も得るものは無かった。

 彼女が残したメッセージは証拠と言えなくもないが、それは頭に”状況”がつくものだ。曖昧さは払拭できない。

 しばらくして、込み上げた笑いが一段落した後、仕方なく、俺は教室に戻ることにした。


 ──その帰り道、意外な人間と出会った。


「あら、こんなところで、何をしていらっしゃるのかしら」

 声の正体は──マリー=バレリアンヌ。今ここで出会うのは、一番違和感のある相手だった。


 ああ、自由な昼休憩だ。何処で誰と出くわすこともあり得るし、問題にもならない。

 だが、誰も近寄らない礼拝堂から出てきたところで偶然出会うには、運命的過ぎる。


(まさか──()けられた?) ……被害妄想、かな。

 いや、それならそれでいいんだ。今は、過剰防衛なほどの警戒が必要だ。


「すこし散歩を。この辺りはひと気がなくて、落ち着くので」

 もし、本当に偶然出会ったのなら、バレることのない嘘。それを仕込み、俺は彼女の答えを待った。


 マリーは不満げに口元を閉じた。それも一瞬、いつもの優雅な微笑みに化ける。だが──

「そんなにリリーが、心配──?」 開いた口から漏れ出た冷たさに、俺は固まった。


 意味が、分からなかった。なぜそうなる。なぜ、君の口からリリーの名が出てくる──


 それは、俺が感じた違和感の正体そのものだった。

 振る舞いも、見た目も、マリー=バレリアンヌそのもの。なのに、その言葉には棘がある。氷でできた薔薇の棘。


 彼女にも、ここに来た理由はいくらでも用意できるだろう。

 だがもし、昼休みの人気のない礼拝堂の傍らで、こうして二人きりで会っている場面を、他の誰かに切り抜かれたら……。

 あらぬ噂を立てられるのは、君も望まないのじゃないのかい?


「気にはしますよ、クラスメイトですから。でも、余計な詮索はダメでしょ」

 繋がらない会話を繋げ、俺はもう一度、彼女の答えを待った。


 ──もしかして、君が最初に言った言葉は、俺から君に向けられるのを防ぐため、か。

 だとしたら、君がここに来たことに、何か後ろめたいことがあるんじゃないか。


 この仮説が成立するなら──君の行動が導き出す答えは、たった一つに収束されないか?


「──この先に礼拝堂があると、知っていますか?」 俺は耳を疑った。


 あまりにも早い仮説の証明に。彼女の方から、検証を飛び越えた答えを口にするとは思ってもみなかった。

 マリー、君は……。そうなのか……。生徒会室の秘密を知る側なのか。

 俺の急所が分かっている言葉の選択。それを、こうも連続で出すなんて、分かっていなければ不可能。だろ?


「いえ。何処にあるんですか? 礼拝堂なんて」

 俺の思った通りなら、通じるはずのないバレバレの嘘。反証のため最後にそれを仕込み、彼女の答えを待った。


「ええ、この先にあるんですのよ」 ただ可愛らしく、上目遣いで俺を見る。


 ──。そうか、そうだな……。大貴族のお嬢様、だものな。

 ただ、それだけのマリーの所作に、俺はすべてを理解した。


 ひと呼吸。俺は覚悟を決めた。世が世なら、決して許されぬ行いをする覚悟を。


 俺はマリーに正対し、手のひらを上にして、彼女の前に差し出した。

 その俺の手に、彼女は微笑んで指を伸ばす。触れる冷たい指を、俺は優しく包み込んだ。彼女が示した答えごと。


 真実は確定した。マリーの答えは、証明された。俺を礼拝堂へと連行すること、だと。

 つまり、彼女は──生徒会側。


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