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第8話 鞘楯誠は、エージェントである(8)

 本日は晴天なり──それを実感する強い陽光が、生徒会室に降り注いだ。

 目を細めるその中に、逆光となった濃い人影が、嫌にゆっくりと、割れたステンドグラスと共に落ちてくる。

 意識が集中する、否応なく。他に何も考えられないほど、その姿に釘付けになった。


 光の乱反射が、影の周囲を照らした。輝く虹から降りてくるその姿は、本当に聖母のようだった。

 俺に近づいてくる。この世界の法則に従って。ちょうど着地点に立つ俺に向かってくる。


 そして、ようやくその正体に気付いた時──影は俺を蹴飛ばした。


「がはっ──!」 落下の勢いをそのまま受けて、地面に倒れる。

 衝撃は受けたが、受け身は取れている。問題ない。だが、痛てぇ。

 呼吸がままならぬまま、見上げたその姿は紛れもなく、リリー・コンスタンスだった。


「やあ、リリー。久しぶりだね。相変わらず美しい長髪だ」

 彼女の登場に、マルガレーテは動ずることなく、親しい友人のように声をかける。

 だが、その傍らで、アナスタシアは俺に向けていた戦意を彼女へと切り替えていた。


「だけど──彼の方は平気かな」 白々しく、マルガレーテは俺への気遣いを見せる。

 その誘いに乗らず、リリーは二人に対し剣を構えた。


 ──剣?


 彼女の手には、両刃のロングソードが握られていた。見間違いじゃない。

 その刀身は陽光を受けて、鋭い切っ先の一点に光を集めている。間違いなく、真剣だ。


「……オスカーを、返せっ──!」

 その鬼気迫る声は、一瞬、誰のものか分からなかった。だが、それがリリーのものであるのは、疑いようがなかった。

 ──オスカー? 誰の事だ。 その俺の疑問は、いともあっさりと答えを得た。


「そういう訳にはいかないよ。彼は真実を知ってしまったからね」

 その言葉に、アナスタシアは再び木片を構える。

「オスカー! 待っててね、今すぐ出してあげるからっ」

 その木目の模様に、リリーは必死ながらも慈愛に満ちた表情を向けている。


(なんだこれは……。俺は何を見せられている……)


 まるで意味が分からなかった。いや、違う。”意味”は分かる。理解できない。──いや、それも違う。”理解”したくない。

 見損なったよ、リリー・コンスタンス。君も、”そっち”側なのか……。

 俺は、この礼拝堂でただ一人だけ、地べたを這いつくばっていた。


 あのマルガレーテよりも低い位置から、俺は熱い視線だけを向ける。

 意を決し、走るリリーがこの目に映った。その向かう先にいるマルガレーテは、余裕を崩していない。

 その彼女に剣を振り上げるリリーは、どう見ても本気だった。真剣の刃は容赦なく、彼女目掛けて振り下ろされる。


”キュイン──!” 火花と共に音が鳴る。

 リリーの剣はその直前で、横から切り上げたアナスタシアのサーベルが弾いた。


 姿勢を崩したリリーに、今度はアナスタシアが容赦なく、剣を振り上げる。

 彼女の強靭な肉体から繰り出される白刃が、幾つもリリーに襲い掛かった。


”カカカカカッ──!”

 サーベルから放たれる無数の突きを、ロングソードの()で受け切っている。

 熟練した剣士の(こな)し。アナスタシアも相当な使い手だが、体格で不利なリリーはそれを剣技で補っていた。


 ──いや、違う違う。 そんな技術的なことはどうでもいいんだ。

 真剣だぞ? これじゃあ本当に決闘をしているみたいじゃないか……。


 俺は、事の重大さの前に、咄嗟に立ち上がった。”ズンッ──” と蹴られた鳩尾(みぞおち)が痛み、よろける。

 マルガレーテは、二人を止める様子はまるでない。それどころか、アナスタシアの勝利を疑わず、逃げる素振りも見せていない。

 だが、文字通り真剣勝負の二人に、生身の俺が割って入る余地は無い。


 ──でも、止めなきゃダメだろ。


 この場にいる全員、まともじゃない。だが、そうだとしても殺し合いをしていい道理は無い。

 もう、事情を深く考えるのは止めていた。ただ、目の前の状況に対処することだけを考えた。

 

 何か、辺りにいいものは無いか。じゃなかったら、何かいい策は……。

「マルガレーテ……! 二人を、止めろよ……っ」 何も無く、(かす)れた声で叫んだ。

 だが、当たり前のように彼女からは何も返ってこなかった。何故だ、死んでもいいってのか。


 ──どうする? どうすればいい……?

 ──助けを呼びに行くか。いや、斬り合いをしているんだ、そんな余裕はない。


 戦いを止めない二人。それを見守るしかない二人。周囲に散らばるステンドグラス。木目が犬にみえる板。

 他になにか。まだ、なにかないか、なにか、なにか──


”キィィン──” 悲鳴のような金属音が鳴った。

 二人から視線を逸らした俺には、それを捉えられたのは耳だけだった。

 振り向くと、リリーのロングソードの刀身が、中空で回転していた。


”キン、キン、キン──” と、折れた刃が床に転がる。

 その音がまだ止まぬ間に、アナスタシアは最後の一撃の構えを見せた。

 対するリリーはまだ諦めず、折れた剣を強く握る。


 ──ダメだ。リリー。


 躊躇なく、アナスタシアの一撃がリリーを襲う。

 ただ真っ直ぐに、サーベルがリリーの心臓へと伸びる。

 だが、リリーは直前で、柄で切っ先を逸らした。


 真紅のガラス片が、キラキラと宙を舞う。それは赤い血となって、礼拝堂の白い床に飛び散った。

 心臓は免れた。だが、アナスタシアのサーベルは、彼女の右肩を切り裂いていた。


”カツン──” 聞き漏らすほどの小さな音。

 リリーは、ロングソードの柄を力なく落とした。もう彼女は、剣を握ることもできていなかった。

 武器を失ったリリーを前に、アナスタシアは再びの一撃を加えんと構える。


 右肩から流れる血が、だらりと下げた腕を伝い、床を赤く染める。

 リリーにもう動く力は無かった。いや、もう諦めているようにさえ映った。


 ──待て。まだお前は死んじゃいけない。


 これが君の最後なのか、リリー・コンスタンス。

 俺の正体を知る女。そして、抹殺しなければならないターゲット。

 それが、こんな終わり方で……赦されるわけない、だろ。


 ──お前は、俺の最重要任務クリティカルミッションなんだよ!!


 俺は、その時にはもう動いていた。

 武器もなく、アナスタシアとリリーの前に飛び出した。


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