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第7話 鞘楯誠は、エージェントである(7)

「まずは、鞘楯誠に祝福を送らせて頂こう。この生徒会室の仕掛けを解いたのは、生徒会以外の人間では君が最初だ」

「おめでとう」 マルガレーテは、小さな手でぱちぱちと手を叩く。

 だが、一方のアナスタシアの白い手は、ピクリとも動かなかった。


 ちっとも嬉しくない。アナスタシアから拍手されないことじゃない。

 こんな試されるようなことをされて、俺はまだここに来れたってだけで、目的を果たしていない。


「──僕が人を褒めるなんて、久しぶりなんだけど、不満かな」

 呆れと警戒が入り混じる俺の表情が、マルガレーテに伝わる。

「それとも、さっさと本題に移って欲しいのかな。せっかくだから、僕はもう少し、会話を楽しみたいのだけれど……」

 そして、本心を見抜いたうえで、焦らした。


「ま、いいや。──鞘楯誠君。君を生徒会に推薦したいのだが、受けてくれるかな?」


 ──は? 何を言っている? 昨日殺そうとした相手を、生徒会に勧誘?

 ──あり得ないだろ。何故そうなる。「この世の真実」はどうなった?

 まったく想定していなかった申し出に、俺は固まった。


 しかも、その言葉に驚いたのは俺だけじゃなかった。

(マルガレーテ様。話が違います) 隣からの耳打ちは、固まる俺にも丸聞こえだった。


「んーでもねぇ。どのみち……だよ。順番が違うだけ、の話だと思うんだけどなぁ」

(ですが、この男は危険です) ──は? お前が言うのか。


 アナスタシアからの苦言に、彼女は不満げに笑った。

「ま、いいや。では、順番を戻そう。鞘楯君が僕たちへ抱いている疑問を一つずつ、丁寧にお答えしようじゃないか」

 そして、その不敵な笑顔をこちらに向けてきた。


「君はまず、こう思っているはずだ。なぜ僕たちが、君を知っていたのか? とね」

 ああ、その通りだよ。納得のいく答えをくれるのか、マルガレーテ。


 彼女は一人椅子に腰かけ、話し始めた。そして、小さな背をさらに低くして俺を見上げる。

「これは、簡単な話だよ。生徒会は人手不足だ。常に人材を探している」

「だから、RoTIA(ロティア)に在籍する生徒の中で、優秀な子は皆チェックしているのさ」

 言い終えると、とてもリラックスして椅子の上で伸びをした。


 ──その中に俺もいた、と。 なるほど、確かに簡単な話だ。


「あとそうだねぇ。こっちはちょっと、複雑な話かな」 そう言って、背を正す。

「尾行してきた君を襲った件なんだけどね──」 それを言われて、俺も気を引き締めた。


「生徒会は敵も多いのさ。だから、尾行なんてされたら、ああいう手を使うしかないよね」

「もちろん、殺すつもりなんてなかったよ。ただ、動けなくしようとしただけ、だったんだけど……ね」

 マルガレーテは、今度はアナスタシアの顔を見上げる。彼女は何も言わずただ、俯いて顔を赤らめた。


 辻褄は合う。だが、引っかかることもある。アナスタシアの反応じゃない。

「──生徒会の”敵”ってなんだよ」 その一点は、納得できなかった。


 彼女は俺に向き直る。

「だからそれは、君が一番知りたい『この世の真実』を、僕たちが知っているからだよ。鞘楯君」

「その真実を暴こうとする者たちが、世界中に沢山いるのさ」

 その顔からは笑みは消えていた。言っている言葉には、まるで真実味が無いのに──。


「馬鹿らしい……」 思ったことが口に出た。


 だが、そんな俺の態度をマルガレーテは歓迎した。

「そう思ってくれると、信じていたよ。真実とは、誰も信じないからこそ、意味を持つ」


 ──なんだ、今度は禅問答でもするつもりか?

 そんなものに付き合う義理はない。それに、もうすぐ昼休みも終わる。

「お前らの言う、真実って何なんだよ」 正直もう、戯言に付き合う気にもならなかった。


 マルガレーテは椅子から飛び降りた。

「まだ、生徒会ではない君に、話すことはできないね」

 (てい)のいい逃げ口上。そうと分かっていても、それ以上追及する気にもならなかった。

「でもね、教えてあげられることもあるよ」

 俺の心理を見透かし、引き留めるように、彼女は話を続けた。


「実は先日、君と同じように、キリスト像の秘密を暴いたものがいたんだ」


 ──ん? ちょっと待て。 「さっき、俺が最初だと言わなかったか?」

 ああそうだ。確かにそう言っていたはずだ。


 しかし、マルガレーテは悪びれることもなく続ける。

「ああ、言ったね。”生徒会以外の人間では君が最初”。何も間違いじゃないよ」

 その口元の端が吊り上がる。 「だって──人間じゃないからね」


 ──なん、だと……。どういうことだ。


「ナーシャ。例のものを」 その指示を受け、アナスタシアが動く。

 だが、彼女が取った行動は、ただ側にあった木片を持ち上げただけだった。


 ──なんだ? それが何なんだ。 全く意味が分からない。


 困惑する俺の表情を、マルガレーテは読み取っていた。

「ほらここ、ここさ。ここに、犬がいるだろ。ワンワン」 小さな指で木片の右上を指さす。

 言われてみれば、木目がそんな風に見える……だが、それが何だ。


「この犬は、真実を知ったが故に、こうなったのさ……」 声を低くし、脅すような声音で迫る。

 それは、いや……もう、何も言いたくなかった。


 ──ふざけているのか…… 内なる自分から、自分でも知らなかったものが溢れ出す。

 俺は生まれて初めて、少女の顔を殴りつけてやりたいという衝動に駆られた。


 つまり、こういうことか。

 迷い込んだ犬が、キリスト像の釘を鼻か前足で押し込んだかなんかして、秘密がバレて木片に封印した、と。


 言語化するだけでも腹立たしい。ああ、こんなもの信用する以前の問題だ。

 礼拝堂を魔改造した事には驚いたが、その目的が、こんなごっこ遊びのためだと言うのか……。


「そうだろう。怖かろう」 震える俺に、見当違いのマルガレーテ。

 さては、彼女は世間知らずの大財閥の令嬢かなんかで、RoTIA(ここ)を本当の意味での遊び場にしているのか。

 そうだ、二人して俺に大掛かりなドッキリかなにかを仕掛けているつもりなのだろう。


 この不条理な状況への合理的な答えは、二人に期待した俺を、心底がっかりさせた。


「──さて、それで、だ。最初の質問に答えてもらおうか」 マルガレーテは迫る。

「もし、生徒会に入るつもりがないなら、君もこの犬と同じ運命を辿ってもらうよ」

 明確な脅し。だが、くだらない。人間の錯覚、本能を利用しただけの子供だまし。こんなものに脅迫罪は成立しない。


 ──こんな、シミュラクラ現象は、なんの証にもなってない!


 アナスタシアは木片を降ろした。

 俺の答え如何によっては、いつでもまた組み伏せようという構え。

 マズいな……ここはトイレじゃない。助けは来ない。人を呼んでも、声は届かないだろう。


 マルガレーテの脅迫と、アナスタシアの威嚇が俺を追い詰める。

 二人が、どこまで本気で、どこまで冗談なのかも曖昧なまま、答えに言い淀んだ。


 首筋に汗が伝わる。この数瞬が、これまで生きてきた長さと同じに感じられた。


 そして、先に痺れを切らしたのは、マルガレーテの方だった。

「残念だよ。鞘楯誠──」 セリフは、まんま悪役のそれ。


 その言葉を合図に、アナスタシアは一歩前に出る。

 それに対し、俺は一歩退く。大窓のステンドグラスから差し込む影が視界を跨いだ。


 そのとき──俺は見てしまった。


 マリア様のステンドグラスの向こう側にある人影を。

 一瞬の思考停止。と、ともに迫り来るアナスタシア。とっさに思考を戻す。


 信じられるか──俺は、自分で見たものが信じられなかった。

 そのとき、ステンドグラスを突き破って、マリア様が飛び込んできたんだ。


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