第37話 マルガレーテ・ナハトシャッテン は、真実を妨害する(7)
「マルガレーテェッ!!」 舞台に上がった俺は、感情のすべてをぶつけて、その名を叫んだ。
だが、それでも彼女の小さな体は、小揺もしなかった。
いや、むしろ誰よりも、これを待ち望んでいたような悪魔じみた笑みを浮かべた。
「鞘楯誠──。何をしに来たんだ? 今更」
──確かに、そう。あのとき名乗り上げないでおいて、今更だ……。
「決闘とは神聖なものだよ。それを穢すというのなら、もう請求書じゃきかないよ」
──それも、正論だ。俺に、二人の勝負を邪魔する権利は、無い。
「……マルガレーテ。こんなことをして、お前は、何を望んでいるんだ──」
言葉で、二人を止める事はできない。力で、二人を圧倒する技量は俺にはない。
「僕は、RoTIAの生徒会長として、この学院に集ったみんなを楽しませたいのさ」
楽しませる──? これが娯楽だと?
「ダンスパーティーも、決闘も、骨董羹※1という按排でね」
※1 魚や肉、野菜などを細かく切って煮込んだ、中国発祥の「ごった煮」
「──そうか……。なら、マルガレーテ。もっと面白くするなら、文句はないな!」
俺は、真紅の円台に向かった。俺が近づいても、二人は戦うことを止めない。
この円台に三人分の余裕はない。俺が上がれば、誰かの居場所はなくなる。それは当然、俺だ。
二人に俺を許す道理は無い。秩序を乱す乱入者など、どちらともから、処刑されても文句は言えない。
その処刑場に、俺は上がった。
その瞬間、斬り合いを続ける二人の剣は、示しを合わせたように邪魔者の排除に動く。
何者であろうと関係ない。懺悔は、後ですればいい──。そんな声を、確かに聞いた。
これは、罰か──赦しか── 否。そのどちらでも……俺は任務をやり遂げる!!
”キィィン──!” 火花が散る。二人の剣と、俺のサーベルが衝突する。
二対一。リリーとアナスタシアを相手に、俺に勝ち目は無い。策も何も無い。俺の手にあったのは、決意だけだった──。
俺は、同時に迫る斬撃が重なり合うその刹那を捉え、渾身の力で弾き返した。
その力は、アナスタシアですら堪えきれず、一歩退かせた。
そして、リリーの左手は限界を迎え、力なくサーベルを落とした。
武装解除された土地を、俺は侵略した。目的は紛争解決でも、実効支配でもない。
俺は、リリーの前に立ち、赤いドレスに手を回した。
そして、抵抗する力を失ったリリー・コンスタンスに──、口づけした。
静寂──。最初に聞こえてきたのは、マルガレーテの笑い声。
それから、少しずつどよめきが生まれ、それはすぐに、うねりとなって会場を埋め尽くした。
息が乱れていた。左手だけでなく、全身が震えていた。でも、俺から離れなかった。俺も、離したくなかった。
だが、まだ任務は終わっていない──。
俺は、そっとリリーを放した。円台から降りるように。
そして、後ろを振り向いてサーベルを構えた。その矛先を、円台に残るもう一人へ向けて。
アナスタシアは、目を逸らすように俯いていた。
だが、その切っ先を向けられて、彼女の瞳は俺を捉えた。薄花色の虹彩は、中心の深淵に取り込まれて引き絞られる。
それが限界に達したとき、彼女はもう一度、俺にサーベルを振り下ろした。
”ギャリィン!!” アナスタシアの全力の攻撃を、俺は受け止めた。
彼女の力は凄まじく、その刃は徐々に迫ってくる。
アナスタシアの剣は強い。それだけでなく、美しくすらある。到底、俺なんかじゃ敵わない。
だが──それはもう、カインと戦ったときまでの、かつての姿だ。彼女の剣は、美しかった。
今の彼女の剣からは、美しさは消え失せていた。リリー相手に、あんな戦い方をしなければ、失わずに済んだのに。
だから、それは必然だった。力任せに放たれた剣は、剣の方がもたなかった。
”キンッ……キンッ……キン……” 折れたサーベルの刃が、彼女の肩をかすめ、壇上に転がった。
アナスタシアは、重さの無くなったサーベルを持ち、起こったことを受け止められずに、呆然とした。
鎧の継ぎ目から感じる痛みは、外からは分からない。黙っていれば、負けにならない。
しかしそれでも、彼女に長い時間は必要なかった。ただ、ほんの一瞬、解放された薄花色の虹彩は、星のように瞬いた。
「鞘楯誠──。私の負けだ。さあ、願いを言え」 アナスタシアは問う。
その顔は、生徒会副会長アナスタシア・イスクレノヴァのものに戻っていた。
「余興は、もう終わりだ。マルガレーテ、俺と決着をつけろ」 俺は迷いなく、そう答えた。
「──ハッハッハッ。君は最高だよ。鞘楯誠」 俺の願いに、マルガレーテは拍手で応えた。
「ああ。君の願いを叶えよう。余興は終わり。さあ、ダンスパーティーの再開だ!」
それを合図に、会場に再びワルツが響き渡った。
何事もなく再開される演奏に、皆、顔を見合わせて戸惑う。
──今まで見せられていたのは、何だったんだ。 誰ですら、俺ですら、そう思った。
困惑が広がる中、マルガレーテを照らすライトが消えた。
「──待てっ!」 咄嗟に叫んだ。だが、もう遅かった。
「──僕は言ったよね。”どんな願いも一つ叶える”、と。残念、二つは無理なんだ」
その言葉を残し、笑い声とともにマルガレーテは闇に消えた。
笑い声が消えると、壇上のスポットライトが一つずつ消えていく。
まるで、最初から定められていた演目の幕を下ろすかのような演出は、今まで見せられていたものの正体を喧伝するのに十分だった。
そして、最後に俺を照らすライトが消えた時、会場はマルガレーテに向けた拍手で包まれた。
──その後続いたダンスパーティーは、実はよく覚えていない。
時間が許すまで、踊っていた気がする。いや、踊らされたというべきだろうか。マリーとも、ロッカとも踊った。名前も知らない人とも……。
でも、そう、確か。俺は、リリーとだけは踊れなかった──
そうして、たった一日のダンスパーティーは幕を閉じた。
次の日には、あの光景は綺麗さっぱり消え失せて、普段と変わらない学院に戻っていた。
しかし──俺にはまだ、一つだけやらなければならない事が残っていた。
すべての始まり──あの史学科のグループディスカッション。リリー・コンスタンスに正体を見抜かれ、落第点を取った授業。
あの史学科の、リリーと二人きりの補習が、俺にはまだ残っていた。




