第32話 マルガレーテ・ナハトシャッテン は、真実を妨害する(2)
──「それで、鞘楯君はどうするの?」
考え事をしながら、周囲の動きに気を配っていた俺に、ロッカが声をかけた。
「どうもこうも、こうなったら付き合うしかないかな」 俺は諦め半分で応えた。
「ふーん……。私知ってるよ。日本じゃ全員参加の学校行事を『文化祭』って言って、どこの学校でもやってるんでしょ」
それは一体、どこからの知識だロッカ。正しい部分もあるが、間違った部分は訂正しておこう。
「『文化祭』は確かにあるけど、こんなサプライズでやったりはしないよ。もっと何日も前からみんなで準備して──」
もっとも、ダンスパーティーだってそれは同じだ。こんな突発的にやったりはしない。
そうだ──そこには、何か意味があるはずだ。マルガレーテの意図がそこに隠れているはず。
「でも──私たちはまだいいけど、男子は大変よね。このドレスコードを守るのは」
ん──? どういうことだ? 「何? ドレスコードって」
俺の質問に、ロッカは呆れたように片眉を上げた。
「聞いてなかったの? 今日は【ナイト&プリンセス 仮装ダンスパーティー】よ」
「ドレスを用意できる人は多いでしょうけど、騎士の衣装を自前で用意できる男子なんているのかしらね。鞘楯君は持ってるの?」
「無いよ、そんな物」 即答した。そこにすかさず横槍が入る。
「俺はあるぜ♪」 得意げに親指を立てるカイン。いやそれは、自慢になるのか……。
「はい、はい。とりあえず、鞘楯君は生徒会室に行かないとね。早く行かないと、無くなっちゃうかもよ」
確かに、ドレスコードを守らないと参加できないのなら、生徒会室に行くしかない。生徒会と接触するには都合がいいが、大人数がいる中で──となると、行動を起こすのは難しいだろう。お互いに。
もっとも、生徒会が俺に衣装を貸す気があるのかは、疑わしいところだが……。考えていても仕方ない。とりあえず、他の生徒に紛れて、生徒会を探りに行こう。
そう考えて、移動しようと背を向けたその時、ロッカに肩を掴まれた。
”いいチャンスだから、リリーとも仲直りしなさいよ” 耳元で囁く、いつもの『世話焼きロッカ』に、俺は苦笑した。
リリーとのことは、生徒会との決着がつくまでは、多分このままでいい。向こうも、そう考えているらしいから。
そう訂正することなく、ただ手を振って応えた。
──生徒会室には、すでに人がたくさん集まっていた。
仮装のための衣装が、礼拝堂の中に並べてあった。だが、そこにあったのは衣装だけで、生徒会の二人の姿はどこにも無かった。
肩透かしだったが、ここまで来たら仕方ない。俺は、自分に合う騎士の衣装を探した。
騎士衣装といっても、あの帝国都市祭のときにアナスタシアが着こんでいたような、全身鎧なんてむ必要はない。それっぽいマントか、サーコートなんかで誤魔化して、ドレスコードさえ守れれば……。
しばらく、衣装を物色していると、意外な人物に出会った。
「おや鞘楯君。奇遇……でもないか。お互い目的は同じのようだ」
俺を見つけて話しかけてきたのは、スー・ジンだった。
「そうですね。変なことに巻き込まれました。でも──昨日言っていたのは、このことだったんですね」
昨日のスー・ジンの行動は、このダンスパーティーのためだったと考えれば、辻褄は合う。けれど──。
「そうだよ。あの時はまだ、誰にも言えなくてね。大変だったよ、色々と」
俺に薄く笑みを向けるスー・ジンは、マルガレーテの企みのどこまでを知っているのだろう。
図書委員長という立場から協力しただけなのか、それとも、もっと深くまで知っているのか……。少し、探りを入れてみるか。
「意外です。ドレスは自分で用意しないんですか?」
言葉通りの意味もある。だが、自分から進んで生徒会に協力しているのなら、今、ドレスを選びに来るのはおかしくないか──。
「そうだね。生憎、こういった西洋のドレスは持ち合わせがなくてね」
スー・ジンは、シロ。なのか……。嘘をついているとは思えない自然な受け答え。
だが、まだ疑問は残る。あの日、美術室で何をしていた……。
「ああ、そうだ。ちょうどいい」 俺の思惑をよそに、彼女は何かを思いついて視線を向けた。
「君が私のドレスを選んでくれないか?」 その依頼は、俺の呼吸を一瞬止めた。
「──それは、やめておいた方がいいかと。俺のセンスじゃ、あなたに相応しくない」
──どうして? と言いたい気持ちを飲み込んで、彼女を傷つけないように断った。
「そうかな? あんなラブレターを書ける君のセンスは、とても優れていると思うよ」
予想外に、スー・ジンは食い下がってきた。しかも、とても鋭利な刃物を持って。
──探りを入れたつもりが、藪蛇だったか。
彼女がどんなつもりで言ったのか知らないが、ここまで言われたら、断るわけにもいかない。
俺は覚悟を決めて、彼女に似合いそうなドレスを選ぶ。
ラブレターの返事といい、ドレス選びといい、なんだか彼女から試されているような気がする。──気のせいだろうか。
しばらくして、俺は黒いドレスを選んだ。
スー・ジンは、あまり嬉しそうな顔はしなかった。
──黒はまずかったか。 そう思って、俺が別のものを選ぼうとした矢先──
「いや、嬉しいよ。君が私のために選んだドレスだ」 彼女はそう言った。表情はそのままに。
「それに、当然ダンスの相手もしてくれるのだろう?」
その付け足された言葉に思わず、俺は軽く噴き出した。 「ふっ……ええ、もちろん」
──彼女とはなんだかんだで色々あったし、そのぐらいはまあいいか。
俺はその誘いを受けた。彼女とのダンスにどれほどの価値があるかなど、深く考えることもなく。
そんなやり取りの最中に、突然一人の女生徒が割って入った。
「こんなところにいた。生徒会長が探していましたよ」 それは、俺でなく、スー・ジンに向けられた言葉。
「わかったよ。すぐ行こう」 彼女は緩やかに女生徒の方を向いた。
俺はその言葉を放ってはおけなかった。彼女よりも、俺の方が鋭く、その言葉に反応していた。
だが、それよりも、女生徒が放った次の言葉は、そのすべてを破壊した。
「確かに伝えましたからね。生徒会書記のスー・ジンさん」
(──! なん、だと……いや……まさか、だけど……つまり──!)
思考が交錯する俺に、スー・ジンはゆっくりと顔を向けた。
「思わぬところでバレてしまった……。もう少し遊んでいたかったが、仕方ない──」
表情には変化がなかった。それなのに、その瞳の奥は、深さの見えない闇が広がっていた。
「まぁ、そういうことだよ、鞘楯誠君。私は、図書委員長兼、生徒会書記なんだ」
愕然とする俺に、彼女は事実を突きつける。
それがどういうことか分かっている。分かっているのに、感情は追いつかなかった。
明確な裏切り──いや、違う。最初から騙されていた……。
「では、お嬢ちゃんが呼んでいるから、失礼するよ」
スー・ジンはそう言うと、俺の手から黒いドレスを受け取った。
「──ああ、でも、ダンスの約束は楽しみにしているからね」
そう言い残し、背を向ける彼女を、俺は追いかけることもできず、ただ立ち尽くしていた。




