第31話 マルガレーテ・ナハトシャッテン は、真実を妨害する(1)
──「マルガレーテ様。すべては手筈通りに進んでいます」
「それは何よりだ。いよいよパーティーの始まりだね……」
鞘楯誠が美術室の前を張り込んでいた同時刻──。
ステンドグラス越しの月明かりに照らされる生徒会室では、マルガレーテとアナスタシアが、着々と計画を進めていた。
彼女たちの周囲には、幾つもの剣と鎧、仮面、そしてドレス。それらが、十や二十では収まらない数で整然と並べられていた。
「ナーシャ。君も存分に楽しんでくれていいからね」
マルガレーテは、計画が実行された光景を思い描くように、目を細めて笑った。
アナスタシアは対照的に、用意された一振りの剣を手に取ると、口を結んで柄を握りしめた。
◆
聖ヤコブ教会の夜から次の日の朝──
LoTIAに登校した俺は、言葉を失った。
校舎へ一歩足を踏み入れた瞬間、昨日まで見慣れていた景色は、何の前触れもなく消えていた。
元々、この学院の校舎は、街の雰囲気に合わせた古風な造りだ。だがそれは外観の話で、内装は現代の学校として機能するための設備が整えられている。
昨日までは確かに、その姿をしていたはずだった。俺は日が暮れるまでいたはずなのに……。
なのに、校舎の内装のいたる所に手が加えられていた。俺だけでなく、誰しもがすっかり姿を変えた学院に驚いていた。
「なあ、これは、どういうことだと思う?」
教室の前に掲げてあったLoTIAの紋章が描かれたタペストリーを撫でながら、カインが俺に尋ねてきた。
「さあね」 俺が知る訳もなかった。
周囲を見渡せば、電気的な照明はすべて隠され、シャンデリアと燭台に置き換わっていた。廊下の柱には重厚なベロアカーテンが施され、校内を真紅に飾り付けている。
その他、細々とした現代の小物はすべて、前時代的な道具に置き換わっていた。
「まるでお城の中にでもいるみたい」 ロッカが言った。
確かに、学内はまるで中世にタイムスリップしたかのようだった。
こんな大掛かりなことを考え、実行できるとしたら──俺は、マリーに視線を向けた。
視線が合った彼女は、微笑んだあと、ただ首を横に振った。
マリーじゃない……となると、答えは一つだった。
まさにその時── ”あー……。あー……。学院生の皆さん、おはようございます”
”生徒会長のマルガレーテ・ナハトシャッテンです” 校内放送から、その答えを知らせる声が響いた。
”えー、本日はお日柄もよく、無事この日を迎えられたこと。学院関係者の方々には、誠に感謝申し上げます”
”九月も終わりを迎え、朝露が身を震わせる季節となりました。皆さまにおかれましては──”
犯人は分かった。生徒会は昨日の夜、誰もいなくなってから秘密裏に学院を変えた。
──だが、何のために? その答えは、俺だけでなく、誰もが知りたがった。
しかし、それを焦らすように、前置きが長い挨拶を、マルガレーテは続けた。
マルガレーテ──全生徒を巻き込んで、何を企む。お前のことだ、冗談でこんな事をする訳じゃないだろう。
”さて──生徒諸君たちは、今、事態を呑み込めていないと思う。無理もない。これは、我々生徒会からの特別授業です”
”今日、君たちは、このLoTIAを舞台とした『役者』になってもらう”
──なん、だと……。本気なのか、マルガレーテ。
”──では、詳細については、生徒会副会長のアナスタシア・イスクレノヴァが説明します”
子供のようなマルガレーテの声音が、アナスタシアの澄んだ声に切り替わる。ただこれだけの言葉に、女子生徒の一部から黄色い声が上がった。
”本日の授業はすべて、この特別授業に置き換わります。しかし、特別なカリキュラムは用意していない。各々が独自に判断し行動するように。自分を磨くも良し、訓練するも良し、相手を探すも良し……時間を有意義に使いなさい”
”なお、急な事ですから、準備ができない者には、生徒会が貸し与えますので、心配はいりません──”
話が見えてこない。何をさせるつもりだ。準備? 訓練?
アナスタシアの説明が続く中、俺はこの状況の分析に全力を注いだ。
教師たちは顔を見せていない。これを容認しているか、あるいは──どこかに拘束されているか。
元々、城壁に囲まれたローテンブルクだ。それに加え、城壁の外に出てはいけない、という唯一の校則。俺たちの逃げ道は、完全に塞がれている。
閉塞空間──。強制的に集められた人々──。そして、響き渡る主催者の声──。
この状況。俺は知っているぞ。ドラマや漫画で擦られ倒された設定だ。
お前ら、まさかその通りに……ここでデスゲームを開催するつもりなのか──
”では、会長より開会のあいさつを──” アナスタシアの説明が終わる。
”ッ──” 息を吸う音からの、マルガレーテの言葉まで、その間がとても長く感じられた。
”ではここに──【ナイト&プリンセス 仮装ダンスパーティー】の開催を宣言します!!”
──…… 一瞬の静寂。そしてぽつぽつと沸き立つざわめきは、歓声に変わる。
それは、俺たちのクラスだけに留まらず、別の教室からも聞こえてきた。
──なんだこれは。どういうことだ……。 俺は、その中でただ茫然としてた。
立ちすくむ俺の背中を、バシバシと叩く奴がいる。
「ハッ、ハッ、ハッ。生徒会も面白れーことするじゃん。なぁ! 誠」
俺はとてもカインのようには、燥ぐ気にはなれなかった。
これは、だから……ダンスパーティー。それは、そう。それは分かる。だが、そんなはずはない。
素直に考えていいはずはない。どこかにマルガレーテの罠が隠されているはずだ。
このパーティーで何かをするつもりなのか──。それとも、何かを隠すためのパーティーなのか──。
いやしかし、逆にこれは、またとない生徒会に近づく好機でもある。
……リリー。君はどうするつもりだ。 俺は、答えを求めるように、彼女に視線を向けた。
だが、リリーが俺の方を向くことは、決してなかった。




