第27話 マリー=バレリアンヌは、嘘を告白する(6)
礼拝堂を出たところで、マリーと出会った。
そのタイミングと、俺を見つめる彼女の琥珀の瞳が、リリーとの会話が終わるのを待っていた、と教える。
──誰かと違って、大貴族のお嬢様は、人の会話を盗み聞いたりはしない、か。
今は誰とも話したくなかったが、礼節を示した彼女に応えない訳にはいかない。
「マリー。待ち伏せかい?」 皮肉交じりに声をかけた。
彼女は一度目を逸らし、言い出しにくそうだった。今の俺には、それならその方が良かったが、彼女は口を開いた。
「……。ロッカから、あなたがここで何をしていたのか聞きましたわ。私はまた、誤解をしてしまったようです」
「あれは、生徒会副会長宛ての嘆願書。あなたは、その処分を任されただけ。そうですわよね?」
俺にすがるような曇った瞳を見せる。──やめてくれ、今の俺をそんな目で見ないで欲しい。
「ああ、そうだよ」 ただ、早く切り上げたくて、それだけ言った。
それを聞いたマリーの顔は、目に見えて明るくなった。
「ですよね。ああ、良かった。……あんなに大事そうに胸にしまわれていらしたから──いえ、いいんです、もう」
そうだよ。その件は、もういいんだマリー。もう、騒ぎ立てないでくれ。
リリーとの関係が切れたことは、すぐに君にも伝わるだろう。そのとき、君はどうするつもりだ。また、リリーに勝負を仕掛けるのだろうか。彼女の傷は、まだ癒えていないのに……。
「マリー……。改めて、君と二人きりの舞台を用意する。それで、いいよね」
リリーとは関係ない。俺は俺の仕事をする。そのためには、君との決着も避けては通れない。
「そう、です、か……。ええ、ぜひ。お待ちしておりますわ」
その瞳は晴れ、いつもの自信に満ちた輝きを取り戻す。──ああ、それでいい。戦うのならば、死力を尽くそう。
これでいいんだ。信頼できない人間に背中は預けられない。そんな戦いをするぐらいなら、一人で戦った方がいい。
絶対に、それが正しい。そうするべきなんだ……
午後の授業はまったくの上の空だった。
俺の心は、今後の計画ばかりで満たされていた。
最重要任務から解き放たれた今、俺が果たすべき任務は単純だ。
生徒会の正体を暴き、『この世の真実』を解明する──。
随分と寄り道をしたが、もう何も躊躇う必要はない。……リリーは必要ない。それでいい。後悔は無い。
しかし、生徒会に迫る突破口は未だ掴めていない。向こうからの接触を待つしかない。
マリーを介せば生徒会の情報を引き出せるか──。いや、それはないな。気高い彼女は決して口を割ったりはしないだろう。
あの時、アナスタシアと連絡先の交換でもしておけばよかったか。
いや、それも馬鹿げた話だ。そんなもの彼女が渡す訳もないし、どうせ偽物を掴まされるだけだっただろう。
この学院内での俺の動向は、敵に捕捉されている可能性が高い。となれば、生徒会室で張り込んだところで、意味はないだろう。
むしろそれは、飛んで火にいる夏の虫ってやつだ。まんまと罠に掛かった、俺を笑うマルガレーテの顔が目に浮かぶ。
なにか、何か手は無いか。生徒会に繋がるルートが、どこかに……。
「──ねぇ。聞いてる? 鞘楯君」 考え事の最中に、横から声を掛けられた。
「……ああ、もちろん、聞いてたさ」 俺は反射的に返事をした。
「へぇ~。じゃあ、その計算式から、どんな答えが得られるの?」
隣にいたロッカは、俺が書き連ねていた数式を指さして、小さく息を吐いた。
そう言われて、向けた視線の先には、書いた覚えのない文字が並ぶ。当然それは、与えられた問題を解くことなどできないデタラメなものだった。
”ねぇ、リリーと喧嘩でもしたの?” 目を逸らした隙をついて、ロッカは耳元で囁いた。
──分かるのか、すごいな。流石は『世話焼きロッカ』だ。
ま、昼休みのことと、俺やリリーの態度を繋ぎ合わせれば導き出せる答え、か。
「……まあ、上手くはいっていないかな」 彼女に言い訳は無駄だと悟り、素直に認めた。
「ふーん……。なら、私が取り持ってあげよっか」
ロッカがそんなことを言い出すことも、なんとなく想像できていた。
でも、今はそれは止めて欲しい──とは言わないで、彼女を上手く言いくるめるには、どう伝えるべきかを考えた。
”──今は、そういう任務中だから” 彼女に対抗して、耳元で囁く。
「フフッ、なにソレ」 ロッカはそれを聞いて噴き出した。
彼女に、真実をバラしておいてよかった。ロッカは欠片も信じちゃいないが。嘘で傷つけることなく、納得してくれるなら、こちらの心も痛まない。
「──それじゃあ、マリーとは仲直りしたのも任務なの?」
そんな風に見えているのか……。でも、それでいい。俺はマリーを憎んでもいないし、恨んでもいない。
俺の任務の邪魔をするなら、決着を付けなければならないだけのことだ。なにより、彼女もそう望んでいるのだから。
「ああ、そうだよ」 俺はただ、笑って応えた。
「大変ねー。そんなにたくさんの任務を抱えていたら、体一つじゃ足らないでしょ」 彼女は笑う。
「──そういえば、まだ、副会長さんの任務も残ってるんじゃなかったっけ?」
そして、尽きることない好奇心を、無造作に俺に向けてきた。
ロッカには悪いが、生憎それはもう終わったことだ。
マルガレーテはあれで、約束は守る女。カフェのドアのように、今頃はステンドグラスの修理代も支払われていることだろう。
ああ──そういえば、まだあの嘆願書は胸にしまったままだった。
きちんと片付けておかないと。また誰かの目に触れることになれば、厄介なことになる。
そう思い、胸に手を当てる。だが、違和感があった。それを確かめるため、直に手を入れてみる。
──ない。ナイ。無い…… ”ッ──! 失くしたっ!”
本気か。いつだ、どこで落とした? いや、どこでも上着なんて脱いでない。
思い出せ。いつまではあった? 昼──分からない。朝──覚えていない。昨日──
「あ……」 思わず声が出た。
図書館で、スー・ジンに渡したまま返してもらっていない──。
とんでもないやらかしだ。あの極秘書類を置き忘れるなんて……。
俺は、急遽勃発したこの緊急任務に、とても授業どころではなくなっていた。




