第26話 マリー=バレリアンヌは、嘘を告白する(5)
昼休み──
「リリーさん。少し、時間を貰ってもいいかな」 俺の方から彼女に声をかけた。
あまりスマートな方法じゃなかった。クラスメイトたちの目がある中で、こんなふうに誘えば、よからぬ憶測を生む。それだけで済むならいいが、それは大抵、おかしな齟齬も連れてくる。ああ、つい最近体験したことだ。
だが、そうなったとしても、俺には片付けておかなければならない問題がある。
あの生徒会との一件──あれが何だったのか。結局、ちゃんと話ができていないままだった。このまま、放置することはできない。
これだけは、早急にハッキリさせておく必要がある。
「わかったわ──」 彼女はそれだけ言って席を立った。それだけで、すべてを理解しているように。
俺は、二人で話をするのに最もふさわしい場所に、彼女を案内した。
──リリー・コンスタンス。君を抹殺する。正体を知られたからには、必ず。
その標的と、話し合いをするなんて……おかしな話だ、まったく。
でも──
俺はようやく君を知った気がする。授業の中での、グループディスカッションのやり取りに過ぎないけれど。
君の価値観や、考え方は嫌いじゃない。すべては、好きになれないけどね。
ただ──それなら、君は一体どこまで、俺を知っているのだろう。
──リリー・コンスタンス。君を抹殺する。
けど、それは俺の正体をどうやって知ったのかを突き止めてから、だ。
幸いなことに、礼拝堂には誰もいなかった。
あの戦いの時にはあった、キリスト像も、マリア様のステンドグラスも取り換えられたまま。
それを見ても、リリーは動じなかった。恐らくは、既にこの状況を確認していたのだろう。
「……君に、聞きたいことがあるんだ」 扉を閉じてすぐ、俺は話を切り出した。
「──その右肩は、もう大丈夫なのか?」 そう、まずあの戦いがあった日まで、話を戻す必要がある。
「ええ、問題ないわ。心配してくれて、ありがとう」
リリーは右腕をこちらに振って応えた。確かにちゃんと動いて、問題ないように見える。けれど……。
「どうしてまだ完全に治っていないのに、マリーと勝負なんてしたんだい?」
傷は塞がっているのかもしれないが、この短期間で癒える傷じゃない。それは明らかだった。
「マリーは本気だったから、勝負は避けられなかったのよ」 彼女は迷いなく答えた。
経緯は分からないけど、逃げられるような状況ではなかったのか。昨日のマリーの行動を考えれば、納得できるな。
「──そうか。無事でよかったよ」 そこに嘘がないことに、俺は安堵した。
ああ、これは本題じゃない。俺は彼女の傷の心配をして、態々ここに連れて来たんじゃない。
これは呼び水──本題に移ったとき、リリーが嘘を言っていないことを見定めるための。
「それで、君はどうして生徒会とあんな戦いをしたんだ──?」
その俺の問いに、リリーは初めて言い淀んだ。俯く彼女に、言葉を重ねる。
「命を掛けてまで、何のために戦ったんだい?」
言いにくい理由は、分かっているんだ。あれからずっと、俺は君のことを考えていた。
真剣で斬り合うなんてことをする時点で、君は只者じゃない。ああ、確かに武芸の習いがあれば、身のこなしは身につくだろう。だが、躊躇いなく真剣を抜くことなど、まともな人間は出来はしないんだよ、リリー。
俺の予想が正しければ──君は俺と同じ、エージェント。だから、俺の正体も知っていたんだろう?
しばらく待って、ようやくこちらを向いた顔には、迷いがみえた。
「……マルガレーテの手から、オスカーを助けてあげたかったから」
やはり、君の答えはそれなのか、リリー・コンスタンス。それは、俺が一番聞きたくなかった答えだ。
だってそうだろう、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。現実の犬が、あんな木片の中に磔になったなんて、誰が信じるんだ。
君だって、それが分かっているから、そんな目で俺を見るんだろ。
──エージェントである君が、エージェントである俺を、信用するなんてあり得ない。
それは分かるよ。でもね、そのためにつく嘘が、あまりにも荒唐無稽過ぎたのでは、嘘の意味が無くなってしまうよ。
「──君は、ああなってしまったオスカーを救う方法を知っているのか?」
まったく、これっぽっちも信じちゃいない。でも、それを言ったところで、話は進まないだろう。
やるべきことは、嘘を暴くことじゃない。この嘘にとことんまで付き合って、どこまで考えられた嘘なのかを見極めるんだ。
そこにこそ、リリー・コンスタンスの本質がある。
「分からない……でも、マルガレーテは知っているかもしれない」
そうか、丸投げか。嘘の核心は、彼女だけが知っていると。上手いな、それなら知らぬ存ぜぬで通せる。
「どうして君のオスカーは、マルガレーテを追っていたんだ?」
ゆっくりでいい。彼女との会話は成立している。その答えが嘘か、真実かは重要じゃない。少しずつ外堀を埋めるように、質問を重ねるんだ。
「あの子は賢い子だったから、一人で『この世の真実』に辿り着いてしまったのね」
「君は、マルガレーテが『この世の真実』を握っていると、知っていたのか?」
「ええ、そうよ。この学院に入ってすぐ、私はそれを知った」
一年以上前から──。俺にまったく気付かれることなく、か。
プライドが傷つくな。君は俺の知らないところで、そんなことをしてきたのか……。
「──だから、俺のことを知っていたのか」
「……ええ。一年前から、ずっと見ていた」
彼女は碧眼の瞳を真っ直ぐこちらに向けた。俺は、その瞳に映る自分の姿を、見ていられなかった。
そういうことか……。とんだ笑い話だ。俺の動きは、最初から捕捉されていた。
つまり、今までリリーの手のひらの中で、泳がされていたのか。それでエージェントを名乗っていたなんて、とんだ大間抜けだ。
──でも、それなら……あの史学科の日。あの時の、君の言葉は何だったんだ。
「──リリー・コンスタンス。君は、俺に何をして欲しい?」
マルガレーテも俺のことを知っていた。生徒会に欲しい人材だと言った。君もそうなのか、リリー。
俺に、仕事を依頼するつもりだったのか──?
「私を、信じてくれる?」 リリーは、ただそれだけの要求をした。
でも、俺にはそれができない。できる訳もない。する訳にもいかない。
リリーは、嘘をついている。馬鹿げた嘘で、俺を誤魔化そうとする君を、信頼することなどできない。
「それはできないよ、リリー」 俺は、依頼を拒否した。
他の言葉は必要ない。君もエージェントなら、分かるだろ。任務に、私情を挟む余地など無いんだよ。
「そう、残念……」 それだけ言って、彼女は会話を終わりにした。
確かに、これ以上の会話はもう必要ない。君の正体はわかった。
リリー・コンスタンス──君は俺の最重要任務から外れた。
──もし、真っ当な方法で依頼してくれたのなら……。俺は君と──
いや、そうしなかったのは彼女だ。だから、それはできない。これまでの関係も、すべてご破算だ。
独りで礼拝堂から去って行く彼女を、見送りもしなかった。ただしばらく、一人でいたかった。
そうするために、この場でじっと佇んでいた。




