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第24話 マリー=バレリアンヌは、嘘を告白する(3)

 俺は、つくづく自分の愚かさに愛想がついていた。


 マリーにも事情はあるのだろう。

 家の事情、個人の感情。果たして、自分から進んで生徒会に協力しているのかすら、定かではない。

 俺はそれを理解してやれると、自惚れていた。そんな資格も、力も有りはしないのに……。


 ロッカでの成功体験が、俺の想像力を鈍らせた。

 いや……彼女のせいにするのはよそう。これは俺の甘さが招いた不始末。その償いは、俺がするべきだ──。


 そのためにも、マリーを豹変させたこの嘆願書の謎を、何としても解明しなければならない。

 これを書いたのがアナスタシアなのか、あるいはまったくの別人の誰かなのか。

 その”誰か”を確定させることが、連鎖する謎を解く鍵となるだろう。だが、一体どうすれば……。


 考えを巡らせて、ふと、ある方法を思いつく。……筆跡鑑定をしてみるか。 


 しかし、本人に直接確認する訳にはいかない。となると、彼女をよく知る人間から協力を得る必要がある、が。

 ──マルガレーテ? いや、論外だ。彼女を頼るのは、アナスタシア本人に聞くのと大差ない。避けるべきだ。

 なら、教師? それも論外だな。こんな内容の文章を教師には見せられない。余計厄介な問題を生むだろう。


 では、学院の誰なら、そんな知識を持っている──?

 考えを巡らせる俺の脳裏に、一人の顔が過った。


 『図書館の麗人』スー・ジン──彼女ならば、あるいは……。

 図書委員長を務める才女。評価はA+以外を取ったことは無く、入学以来、成績トップを守り続けていると聞く。彼女のノートにはプレミアがつくとも──。


 彼女が触れた、傷の塞がった口角をなぞる──。

 確証がある訳じゃない。でも、彼女なら秘密も守ってくれるかもしれない。一度会って話してみる価値はある、か。

 俺は、一縷の望みをかけて、学院の図書館へ足を向けた。


 授業の終わりを見計らって図書館に入ると、すでにスー・ジンは座っていた。そして、まだ他に人はいない。

 事を済ませるには、絶好のチャンス。そう考え、俺は彼女に近づいた。


「スー・ジンさん、こんにちは。この前は、お世話になりました」

 俺の挨拶に、彼女は無表情のまま顔を向けた。

「──ああ。痴話喧嘩の君か。あれから、元鞘には収まれたの?」

 スー・ジンは、俺の顔を覚えていた。お世話になった経緯まで。なら、話は早い。


「はい。そっちの方は上手くいったんですけど……。別の問題があって、実は──」

 俺はなるべく余計な説明を省いて、ここに来た理由を話した。


 ──「そうね。確かに、私はアナスタシアをよく知っている。とても、人気のある人。男女、ともにね」

 その話を、スー・ジンは最後まで聞いてくれた。急に来て、意味不明な依頼をする俺の言うことを呆れもせずに。

「君の持ってる嘆願書が、彼女が書いたものかどうか、私は見ればわかると思う。彼女の書いた文章は、立場上よく見るから」

 そして、彼女の口からは、俺の期待した答えが返ってきた。


「でもね。それを受ける前に一つだけ、私から君に条件を付けさせてもらうよ」

 条件──。確かに、只で人に頼むのは虫が良すぎる。特に彼女のような人の手間を取らせるのだ。見返りは当然だろう。

「それは、どんな?」 警戒しつつも、その条件を尋ねた。


「ふふ……。そんなに、緊張しなくても大丈夫。簡単な条件よ」

 そんな俺を見て、スー・ジンはほんの少し口角を上げた。

「それがアナスタシアのものであった場合、君はどうするつもりなのかを、先に聞かせてくれる?」


 確かに、条件は簡単だった。しかし、その解答は極めて困難だった。


 この嘆願書を書いたのがアナスタシアでないのなら、話は簡単だ。

 これまで俺が処分した嘆願書と同様に、これはアナスタシアに届けられたもの、ということになる。書類束のどこかに紛れていて、最後の仕事として渡された。そういうことだ。


 だが、これがアナスタシアが書いたものであった場合、俺が一晩かけても解けなかった難題へと変わる。

 それはつまり、つまり──彼女から俺に届けられたラブレターということになる。こういったものを受け取った経験が無い俺には、どう処分するべきかが分からない。


 いや──違う。それは逃げ、だ。問題はもっと本質的だ。

 アナスタシアが俺に好意を持っている。ということに、どう向き合うかを問われているのだ。


 分かっている。互いの立場など関係ない。これは、人として最低限の事だ。

 この問いに、分からないは許されない。イエスかノーかは、ハッキリさせないといけない。


 アナスタシア・イスクレノヴァ──生徒会長マルガレーテに付き従う副会長。

 容姿端麗な姿は、確かに男女問わず魅了するだろう。だが、それは彼女の表層に過ぎない。


 俺とリリーを殺そうとした人。恐ろしい女。それは、あの三日間を過ごして思い知らされた。

 彼女の深奥には、鬼が棲む──同じ世界では、生きられない。


「……お断りすることになると、思います」 声を絞り出すようにして答えた。

 ああ、これで間違っていないはずだ。アナスタシアは俺の手に負える人じゃない。理由は関係ない。断るべきだ。


 スー・ジンは、長くかかった俺の解答を、ただ静かに待っていた。

「安心した。ここで『前向きに検討する』と言われたら、喧嘩相手が可哀そうだ」

 彼女には、ロッカとの関係がそう見えているのか。まあ、いい。今ここで誤解を解いておく必要なんてない。 


「──ほら、貸してごらん」 そして、嘆願書を受け取るために手を伸ばした。

 俺は、マリーがしわくちゃにした嘆願書を、広げて彼女に渡した。


 それは、そんなに時間は掛からなかった。

「──なるほどね。君が随分と悩んでいた理由が分かった。こんな熱烈な文面を送られたら、私でも心が揺れてしまう」

 彼女の口から洩れた言葉が、冗談なのか、そうでないのかは、分からなかった。俺が知りたいのは、そんなことじゃなかった。


「安心していいよ。これは、アナスタシアの文字ではない」


 呆気ない幕切れだった。本当に呆気なく、今日一日の、俺の苦労が報われた瞬間が訪れた。

 スー・ジンに感謝してもしきれないほど、心から安心している自分がそこにいた。


「──力になれてよかった。またおいで、鞘建君」

 彼女は何度もお礼を言う俺を、そう言って送り出した。その時は気付かなかったが、はたから見れば、迷惑な姿をさらしていたかもしれない。でも、そんなことは、俺には些細な事だった。


 俺の任務(ミッション)は何一つ片付いていない。だが、その任務遂行の大きな妨げとなる問題が片付いたことが、嬉しくてたまらなかった。他の事には、もう考えが回らなかった。

 その夜は、何もかもを忘れて、本当によく寝れた。


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