第23話 マリー=バレリアンヌは、嘘を告白する(2)
マリーに連行され、俺は学院をあとにした。
「生徒会長と副会長は、何と言っている?」 俺は拘束されながら、誰の意思によるものかを探る。
「──。関係ないですわ、そんな方々。これは、私の意思で行っているのですから」
マリーの暴走──? 嘘を言っているようには見えない。なら、彼女をこんな暴挙に駆り立てる動機は何だ。
「どこに連れて行くつもりなんだ?」 目的が分かれば、そこから動機も推察できる──か。
「内緒。着いてからのお楽しみ♪」 ダメか。そう安々とは手を明かしてはくれないか。
心なしか、彼女の琥珀の瞳は、いつもより大きく強く輝いているように見えた。
絶対逃がさない──。そんなマリーの強い意志が、はっきりと俺の腕を通して伝わってくる。
完全に行動を支配された中で、俺は他の事に考えを巡らせた。
リリーは無事だろうか。彼女の安否も確認しなくては。それが不明確なままでは、軽率には動けない。
そういえば、確かマリーは、リリーに”勝った”と言ってなかったか。彼女の右肩は、まだ完治していないはずだ。それなのに、リリーは戦ったのか……。
「リリーは、何か言っていたか?」 戦いの状況を探る。リリーのことだ、何か手掛かりを残したかもしれない。
だが── 「誠──」 彼女の名を出した途端、マリーの空気が変わった。
「いいですか。一度しか言いませんよ」 腕を掴む手に、痛いほどの力が入る。
「こうして二人きりでいる時間に、他の女性の名を割り込ませるなど、紳士であるなら絶対にしてはいけません」
極めて強い警告。リリーの情報は完全に遮断、か。相当な警戒。いや、何をそんなに恐れている──?
だが、これ以上踏み込んだら、警戒では済まない。彼女の身の安全のためにも、ここは従うしかない。
そのあとは、マリーは本当に楽しんでいるように街中を歩いた。俺の腕をしっかりと掴んだまま。
そして俺たちは、マルクト広場の市庁舎の前に来た。
「さあ、こっちへ」 そう言って、今度は舎内の階段を上った。
狭い階段だった。なのに、どこまでも続くような、いやに長い階段だった。俺にとってそれはまさに、処刑台に上がる13階段だった。
そして──暗がりを抜けたその先で、このローテンブルクを一望する展望台の上に辿り着いた。
「どうですか、誠──。良い景色でしょう」
この街を象徴するオレンジ色で統一された屋根が広がる。唯一の街が持つ、唯一の景色。それは、ここだけでしか見られない光景だった。
「……ああ、そうだね。おとぎの国いるみたいだよ」
だが、分からない。俺をここに連れて来たのは、何のためだ。まさか、この光景を見せるためじゃないだろう。
マリーはゆっくりと展望台を回った。本当に観光でもしているみたいに。
そして、ちょうど一回転したとき、彼女は腕を放し、拘束を解いた。
だが、それだけでなく、俺に妙なことを聞いて来た。
「──鞘楯誠。あなたに夢はありますか?」
俺はなにも応えられなかった。
彼女がなぜそんなことを聞くのか、理解できなかった。
そんな俺に、彼女はもう一度尋ねる。
「……では、質問を変えましょう。この街の城壁を抜けたら、あなたは何をするおつもり?」
それでも、俺はなにも応えられなかった。
俺がこの街に来た理由は、この街にこそある。だから、その後の事は、すべてが片付いてからでないと分からない。
そして今、君と俺は互いに、その為の最大の障害となっているはずだろ……。
「私には夢があります。私のお家を守るという夢が」
マリー=バレリアンヌ──大貴族のお嬢様。君が生徒会に協力する理由は、それか。
分かるよ。君には君の家の事情があるのだろう。けどな、そのためにリリーを人質に取るような君を、俺は認めない。
高貴なる者の矜持はどうした。かつての君は、誰より気高かったというのに──
マリーは俺に手を伸ばす。手のひらを下にして。その所作は、”この手を取れ”と言う強制的な意思表示。
「鞘楯誠──。その夢のために、私はあなたが欲しい」
そういうことか……。全て繋がった。君が俺にこんな話をする理由も、こんな所に連れて来た理由も。
誰の目も届かないこの場所なら、敵にも味方にも、どんな企ても露見しない。聞いているのは、俺だけだ。
つまり──君は、俺に寝返れと、二重工作員になれ、と言うのか。
君の野心は、俺やリリーどころか、生徒会すら利用し呑み込む、とそう言うのか。
マリー=バレリアンヌ──。君は危険だ。生徒会よりも、誰よりも。
「……マリー、悪いけど、その手は取れないよ」 考えるまでもない。
俺の答えは決まっていた。エージェントの流儀に反する訳にはいかない。
「──。そう、ですか……。残念です」 マリーは手を降ろす。
交渉の決裂を嘆くかのように、深く俯き、彼女は今にも泣き出しそうだった──。
その哀れな姿に、俺は決心した。 「……今できたよ、俺の夢」
「俺は、君のような人を助けたい。事情は分からないけど、力を貸すから……だから、おいで。──こっち側に」
──戻って来い、マリー=バレリアンヌ。君はそんなところに、いてはいけない。
俺は手のひらを上にして、彼女に手を伸ばす。そして、その手がもう一度上がるのを待った。
だが──
「誠──!」 マリーは俺の想像を超えて、体ごと俺に身を預けた。
俺は片手では足らず、両手で彼女を受け止める。軽い衝撃は、彼女の重さ。そして、想いの重さでもあった。
俺は確信した。彼女にも背負うものがある。だがもう、マリーは敵ではない、と。
俺に抱きしめられても、抵抗はなく、息がかかる距離にいても、顔を背けない。──マリー、おかえり。
そのとき、彼女の琥珀の瞳が、ちょうど俺の心臓に触れた。 「あら? これは何ですの?」
マリーを受け止めた衝撃で、俺の胸にしまってあった嘆願書が、零れ落ちそうになっていた。
親切にも、彼女は笑顔でそっと取り上げて、床に落とすのを防いでくれた。
そしてマリーは、開けた嘆願書のほんの序文を、一行読んだ。
「鞘楯誠……。これは、いったい、なんですの──」 彼女から笑顔は消えていた。
ついさっきまで、腰にあったはずの彼女の手は、俺の胸ぐらを掴み、信じられないような力がこもる。
──マリー……。それでは、俺は、なにも、しゃべれない、よ……。
俺の呼吸が止まっているのに気づき、マリーは一瞬手を緩める。だが、またいつでも締められるように、手は首元に残っている。
「コホッ……それは、嘆願書さ。差出人不明の……」 成す術なく、その一瞬で、俺はすぐさま答えた。
「嘆願書! これが?」 俺を掴むのとはまた別の手で、今度は嘆願書の隅々まで目を通し始めた。
彼女が読み終わるまでのこの時間は、まるで確定した俺の刑に課せられた執行猶予のようだった。
「──。誠。他に言いたいことは?」 彼女は慈悲深く、俺に弁明の機会を与えた。
「この差出人に、君は心当たりはないか?」
ああ、そうだ。これがアナスタシアのものなら、君も知っているんじゃないのか。なら、説明はいらないはずだ。
俺の言葉を聞いた途端、マリーは肩を震わせて笑いだした。
「フフフフ……。面白い、本当に面白い。私が、この手紙の差出人を知っている? もし、そうなら、本当に面白い」
次の瞬間、その手の嘆願書ごと、俺の胸を激しく突いて押しのけると、一人彼女は展望台を降りていった。
俺は理解が追い付かなかった。
マリーのあまりの変貌ぶりに、何が起こったのかすぐには整理できなかった。
原因は明らかに、嘆願書。だが、これはアナスタシアのものではないのか? いや、まだそうとは断定できないが、何故マリーは突然変わってしまったんだ。
俺がマリーを追って展望台を降りたとき、もう彼女の姿はどこにも無かった。
この嘆願書には、一体どんな意味があるっていうんだ──。その謎は、彼女の姿と共に、ローテンブルクの街並みに隠れてしまった。




