第22話 マリー=バレリアンヌは、嘘を告白する(1)
「リリー・コンスタンス。いつぞやのお約束。私との勝負、今ここで受けてくださる?」
マリーのその手には、サーベルが握られていた。
「ええ、マリー。喜んで。実は私も、あなたをお誘いしようと、思っていたの」
対する、リリーの手にも同じサーベルが握られて、彼女の挑戦を待っていた。
クラスメイトの女子たちが見守る中、誰もこの真剣勝負を止めなかった。あのロッカでさえも。なぜなら──
本日の授業は、スポーツ科の実技演習。種目は──フェンシング。
どちらも経験者である二人の対決は、クラスメイトの注目を集めていた。
「この勝負に賭けをいたしません?」 マスクをかぶる直前で、マリーは提案する。
「いいわ。何を賭ける?」 リリーは迷いなく受けた。
「『一日自由にできる券』などはいかかでしょうか?」
「面白そうね。ええ、きっと面白い──」
”キィン!” 火花が散った──それは、二人の勝負が競技の枠を超えた真剣勝負である証だった。
リリーの速いフットワークから繰り出される突きを、マリーは余裕を持って、優雅に受け切る。
まるで違う二人の時間の流れは、それでも成立する互角の試合の異様さと相まって、皆の目を惹きつけた。
”キィィン──!” 二人の全力がぶつかった金属音は、はるか遠くまで鳴りひびいた──。
同じ時──
「ゲーム、アンヘル! 6-0!」 俺は1ポイントも奪えず、テニスコートにへたり込んでいた。
「おいおい、どうしたんだ誠。今日の動きはトロすぎだぜ」 その俺に、カインは手を差し伸べる。
「なにか賭けときゃよかったな。ハッハッハッ」 そして、俺の体を笑いながら、引き上げた。
ああ、そうだな。まさか、こんなに動けないとは、俺も思わなかった。今日のコンディションは最悪だ。
「助かったぜ……。なんとか、財布だけは、守れた……」 息を切らし、せめて冗談で切り返した。
それもこれもすべて、あの嘆願書のせい──アナスタシアから受け取ったラブレターの解読のため、昨日は一睡もできなかった。
その内容は、あの彼女からは想像もできないほど情熱的で、色気に満ちた内容だった。
昨日一晩、俺はそのラブレターの意味を考えていた。
何かの罠、暗号、あるいは縦読み。あらゆる線を洗ってみたが、紙や文章自体に細工は無かった。
そして、一晩かけてたどり着いた結論は、前提条件からの洗い直し。
嘆願書には、宛名も差出人の名前も書かれていなかったのだ。
状況から考えれば、アナスタシアから俺宛てに送られたもので間違いない。……間違いない。
そのはずなのだが──この不可解な現象を解明するには、あらゆることを疑わなければならない。
つまり──このラブレターを書いた人物が、アナスタシア本人であるのか、まずそこからはっきりさせなけばいけない。
授業中も、その方法ばかり考えていて、何も手につかなかった。
アナスタシア本人に、 「これを書いたのはあなたですか?」 とは聞けない。そのぐらいの礼儀は、俺も弁えている。
そんなとき── 「誠──少し、よろしいかしら?」
教室に戻ると、俺を待っていたかのように、マリーが声をかけて来た。
──また、生徒会からの接触。昨日の今日だというのに、いや……だからこそ、か。
「それで、何か用?」 ひょっとしたら、この件と関わりがあることかもしれない。
俺は、思わせぶりな彼女の誘いに、警戒しながらも付き合うことに決めた。
「ロッカさんから、話を聞きました。私、少し思い違いをしていたようで……」
人気の少ない校舎裏まで歩いたところで、マリーは話し始めた。
「いえ、本当に。安心いたしました。何も無かったとお聞きして……」
そうか。確かに、君はそうだろうな、マリー=バレリアンヌ。君の望みは、正面から俺とリリーを打ち砕くこと。
それを、アナスタシアに奪われたとあっては、興醒めもいいところだろう。
だが、それなら、あの三日間はなんだったんだ。生徒会側も、一枚岩ではないのか──。
「ああ、頼んでもいないのに、ロッカが上手くやってくれたよ」
本当に、俺がまだ生きているのは、彼女のおかげだ。俺は皮肉交じりに、そう返した。
それを聞いて、マリーも微笑む。 「そのロッカさんと、先日、授業をおサボりなさったようで……」
──バレている。いや、当たり前か、クラスメイトなんだから。
「いえ、責めるつもりはありませんの。むしろ、見直しましたわ。大胆なところがありますのね」
褒められている気はしない。いつか聞いた京ことばのような棘を感じる。
大胆、か……。確かに、ああするしかなかった、とはいえ、そうでもなかったら、絶対にしなかっただろう。
「それで──。私も、やってみたいなと思いまして……」
……何を言っている。普通に、駄目だろ。マリー、君はそういうことをする人ではないはずだ。
冗談、とも取れたが、マリーからは笑みは消え、俺の目をじっと見つめている。
「誠──。あなたに拒否権はないのです。私には、今日一日、あなたを自由にする権利がある」
──なんだと? 一体何をした。 「どういうことだ」 俺は、すぐさま聞き返した。
「簡単なお話です。リリーさんに勝ちましたので、それと引き換えに……」
そして、残る俺を仕留めに来た、と── 「リリーは、どうなった?」 最悪を覚悟して問う。
「ピンピンしていますよ。でも、内心はとても悔しいでしょうね。ええ、そうでなくては……」
倒したリリーの姿を思い出したように悦に入る。そして、その表情のまま、マリーは距離を詰めてきた。
──リリーは人質、か。君がそんな手を使うとは……。見損なったよ、マリー=バレリアンヌ。
しかし、生徒会は昨日の一件で、もう手段を選ばなくなったのか。だとしたら、俺のこの学院生としての生活も……。
いや、それも、まずはここを乗り切ってから、だな。
「場所は決めてあります。私に任せてください」
俺の腕を強引に組み。楽し気に笑顔を向けるマリーは、心から楽しんでいるようだった。




