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第20話 アンチューサ・ロッカは、嘘をつかない(5)

 ロッカの足は、とても速かった。

 廊下を抜けて、校舎の外まで飛び出したところで、ようやく速度が落ちて、俺はその手を掴んだ。


「い#$%わ&@※~~!!」 その瞬間、子供みたいに泣きながら喚き散らした。

 でも、離さなかった。何を言っているのか、さっぱりわからなかったけど……。


 散々暴れて、それでも離れない俺の腕に根負けして、やっとロッカは大人しくなった。


 彼女がこんな風になってしまうなんて、思ってもみなかった。

 生徒会室の会話を盗み聞きした時──図書館で俺をビンタした時──あるいはもっと前のことか。

 俺の何が、ロッカを追い詰めてしまったんだろう。


「……分かってあげられなくて、ごめん」 ああ、俺は何も分かっていない。

 だから、それを言うしかなかった。


 そうしたら、ロッカはもっと大泣きした。俺はもう、どうしたらいいか分からなかった。


 ──しばらくして、彼女が泣き止んで、ようやく落ち着きを取り戻した。

「……ぐすっ──。もう、いいから……」 そう言われて、ぱっと手を離した。

 その仕草を見て、彼女はクスリと笑った。そのロッカを見て、俺もやっと笑うことができた。


 でも、この後のことは何も考えてなかった。

 でも、ああ言ってしまった以上、俺はロッカを分かってあげないといけない。

「──なあロッカ。午後の授業、サボんないか」

 その俺の提案に、彼女は驚いたけど、乗って来た。だからもう一度、俺は彼女の手を取った。


 学校を抜け出して、二人でローテンブルクの街中を歩く。

 最初はこの時代錯誤な街の光景にも驚いたけど、一年もすれば慣れもする。街を歩きながら、何気なく、ある言葉を思い出した。


RoTIA(ロティア)で過ごす三年の間、この街を囲む城壁を超えて、外に出てはいけない”

 学院の唯一といっていい校則。それさえ守れば、今こうやってサボっているのも……。いや、止めとこう。今、それを深く考えるのは──


「ねぇ、どこ行く?」 ロッカは嘘のように機嫌が良かった。

 それは、なによりだ。考え無しで行動して、どうなるか分からなかったけど、上手く転んで、俺はホッとした。

 問題は、このあと彼女を満足させるようなプランを、俺は何も持っていなかったことだった。


 道なりに歩いて行って、辿り着いたのはマルクト広場。祭りのときにいた人ごみは、今はもう(まば)らだ。

 当てもなかった俺は、その近くのカフェに、ロッカを誘った。

「──ああ、もう直ってるよ。ドアは」 俺を見た途端、店員が言葉をかけて来た。

 ロッカはただ、不思議そうな顔をしていた。


「ねぇ、今のなんなの?」 二階の席に着いた途端、ロッカが聞いてきた。

「ああ、あれね──」 なんて言おうか迷った。

 経緯を話すと長くなるし、多分信じもしないだろう。それよりも、俺はもっといいことを思いついた。

「あれは、暗号だよ。──秘密の暗号」


「なにソレ」 ロッカは笑った。

「本当さ。だって俺は──エージェントだからね」 俺は耳元で囁いた。


 それを聞いた途端、ロッカは大声で笑いだした。

 エージェントが絶対に犯してはならない禁忌──秘密の暴露。でも俺には、確信があった。


「笑うなよ。リリーとマリーだって知ってることだよ。君で三人目だ。俺の秘密を知るのは」

 笑う彼女に、俺は追加で情報を付け加えた。

「へーぇ。そうなんだ……。ふーーん」 上から目線で俺を見下す。──ああ、それでいい。


”真実とは、誰も信じないからこそ、意味を持つ”


 お前が言ったとおりだよ、マルガレーテ。ロッカは俺の秘密を信じはしない。

「──ここだけの話だよ。学院の生徒会は、『この世の真実』を握っている。それをを解き明かすのが、俺の任務(ミッション)なんだ」

 彼女の翠緑(すいりょく)の瞳を見つめ、真顔で告白した。


「フフッ、ああ、そういうことぉ。だから最近、生徒会室に出入りしているのね」

 ──ああ、君ならきっと、話を合わせてくれると信じていたよ、ロッカ。

 君の世話焼きも困ったものだけど、何も言わずにおいて、また君が泣くよりずっといい。笑顔は可愛いんだから、さ。

 

 こんな調子の会話を続けながら、俺たちはしばらくカフェで過ごした。


 ──帰り道。ロッカの足取りはとても軽かった。

 すっかり元気になって、泣いていた事なんて忘れてしまったみたいだった。

「ねぇ、エージェントさん。それで生徒会とはいつ決着をつけるの?」


 俺は笑って応えた。 「今日、これからね。学院に帰ったらすぐだよ」 真実を。

「ふ~ん……」 俺の話に顎を上げて、真剣に考えている体を装う。

「ねぇ、私も加勢しよっか」 と笑いながら、 「冗談よ、冗談」 すぐに否定した。


 ──「誠。今日はホントにありがとう」 学院の前で、ロッカは丁寧に頭を下げた。

 その仕草は、普段の彼女からはとても想像できないものだった。なにより、そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。

 元はと言えば──元はと言えば……あれ──? どっちが原因だったっけ。……まあ、いいや。


「こちらこそ、付き合ってくれて、ありがとう」

 ロッカに合わせて、成り行きで出た言葉。それはいわば、社交辞令みたいなものだ。でも──


”ああ、そうか。話を聞いて欲しかったのは、俺の方──” 言葉にして、気づいた。


 アンチューサ・ロッカ──今日は、本当にありがとう。俺も、決心がついたよ。

 このまま、何事も起こらなければいいなんて大間違いだった。

 エージェントとしての任務のため──無関係の人間を巻き込まないため──誰かを泣かせないため──

 

 俺は今日、生徒会と決着をつける。


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