第19話 アンチューサ・ロッカは、嘘をつかない(4)
アナスタシア・イスクレノヴァ──リリー・コンスタンスを殺そうとした女。
その彼女からの問いは、その事実を俺に突きつけていた。
──リリーは俺の最重要任務だからだ。 とは、言う訳にはいかない。
「剣は折れて、決着はついていた。勝負を止めるのに、他に理由はいらないでしょ」
もっともらしい理由を並べる。嘘ではない。あの時、考えがあってアナスタシアの前に立ったわけじゃない。
「そんな理由で、私の剣の前に立ったのか……」
確かに、命知らずな無謀な行為だった。マルガレーテの気まぐれと、リリーの機転が無ければ、どうなっていたか。
ああ、そういえば、俺はまだリリーに礼を言っていない気がする。
「もし──」 そのとき、初めてアナスタシアは俺の方を向いた。
「剣が折れたのが私の方だったら、同じことをした?」
予想外のその問いに、俺はまた固まった。そんなこと考えたこともなかった。
そうなっていたら、俺はリリーに殺されていたのだろうか。それとも、彼女は剣を止めたのだろうか。
「ああ……」 ただそれしか言えなかった。理由で嘘を呑み込んだ。
そのあとは、また長い沈黙が降りてきた。彼女の薄花色の瞳は、二度と俺を映すことはなかった。
それから結局、彼女は何も言うことはなかった。そして、仕分けされた嘆願書と俺を残し、一人去って行った。
言われなくても仕方ない。この場に置いておく訳にはいかない誰かさんの嘆願書は、可哀そうに俺のコレクションに加わった。
──あと一日。こんな調子で過ごして終わりなら、それもいいか。
俺は明日を、そんな風に考えていた。
三日目──。クラスの方で変化が起きた。
──「誠。どうするおつもり?」 授業が始まる前に、マリーが俺に話しかけてきた。
あの日以来、彼女も俺を無視していたように見えたが、何の進展もないアナスタシアとの関係に、生徒会側も痺れを切らしたのか。
「どうもこうもないよ。成り行きに任せるだけさ」
向こうが焦っているのなら、都合がいい。こちらが余裕を見せれば、なにか襤褸を出すかもしれない。
「このままでいいと言いますの?」 責めるようなマリーの声に、足の傷が疼く。
やはりそうか。分かりやすい。俺に発破をかけたって無駄だよ。
「関係は終わり。明日にはすべて元通り。だろ?」 さらに俺は挑発した。
敵の懐に飛び込めば、何か探れるかと思ったが……流石はマルガレーテ。何の尻尾も掴ませてくれない。
なら、これ以上の危険は冒さず撤退するのも手だ。契約通り請求書が片付けば、それで俺はいい。
「終わり……。そんなに簡単な事なんですね」 マリーの表情から力が抜ける。
ああ、俺にやる気が無いと、マルガレーテに伝言してくれ。彼女が焦ってくれれば、付け入る隙もある。
話は終わり。マリーは肩を落として戻っていった。
今日はそれだけでは終わらなかった。昼休み──
「ねぇ、マリーから聞いたんだけど──」 不機嫌な顔をして俺の前に立ったのは、ロッカだった。
マリーが君に話したのか、なぜ。
「終わったって、どういうこと? 本当に元通りになると思ってるの?」
相当怒ってるな。彼女から一体どこまで話を聞いたのか。今にもまた、殴り掛からんばかりだ。
「……誤解があるみたいだけど、今日で終わり、って言ってきたのは向こうからだよ」
部外者を巻き込むとは、生徒会もなりふり構わず、か。なら、あらぬ誤解は解いておいた方がいい。
それをロッカは鼻で笑う。 「へぇー。フラれたんだ、色男さんは。弄ばれたのは自分の方ってオチ?」
──ウザい。でもまあ、それでロッカが納得するなら、そういうことにしておこう。
「ああ、そうだ。やっぱり高嶺の花だったらしい。年上はもうこりごりだよ」
ロッカ。君はとても危険なところに足を突っ込んでいる。これで気が済んだら、この件から手を引くんだ。
「ふーん。そうなんだ。でもまだ、『図書館の麗人』がいるんじゃないの?」
──ふぅ、『世話焼きロッカ』。君はどこまでも……。言いたくはなかったが、しょうがない。
「スー・ジンの件だって、あの時君が殴って血が出たから、治療してもらっただけさ」
ああ、疚しいことは何一つない。だって、これが真実なのだから。
「確かに、彼女は俺の口元に触れたけど──」 そこまで言い掛けて、ロッカの変化に気付いた。
「……何ソレ」 ニヤけ顔は消え失せて、下を向く。
──何か、また気に障ることを言ったか? と思ったが、それは違った。
「私が原因だった、の──?」 その唇は震えていた。
ロッカは泣き出した。いきなりのことに、理解が追い付かない。なぜお前が泣く。
俺がその答えを得るより早く、ロッカは、 「──ゴメン」 とだけ言って、走り去った。
──アンチューサ・ロッカ。『世話焼きロッカ』。……世話がかかるのは、どっちだよ。
どんな言葉を掛ければいいか考えるより早く、俺はロッカを追いかけていた。




