第17話 アンチューサ・ロッカは、嘘をつかない(2)
──「俺に何をやらせたい」 聞かなくても、大体見当はついていた。
こんな手を使って……マルガレーテ。君が俺に依頼する仕事など、他にないだろう。
リリー・コンスタンス。彼女の抹殺──だが生憎だが、それだけは、こんな大金を積まれても受けることはできないよ。
「君はいい男だ。僕が思った通りのね」 なんだ? 今度は褒め殺しか?
「ホントなら、実行犯であるリリー・コンスタンスが支払うべきところ。それを……自分が引き受けることに、躊躇いがない」
見え透いている。殺すつもりの人間に、請求書を送って何になる。
「そんな君に、ピッタリの仕事だよ──」 分かったから、早く言え。何をやらせたい。
「ナーシャの恋人になってよ」 ──。……は?
「アナスタシアと結婚を前提に、お付き合いして欲しい。彼女はあれで生粋の乙女だ。中々自分からは切り出せない。だから君から──」
「ちょっと、待て」 延々と続けられるマルガレーテの話を遮る。
「それは何だ。つまり……どういうことだ?」 その話を何一つ、理解できていなかった。
「あれ? 難しいことを言っていたかな? まあいいや、もう少し分かりやすく──」
違う。分かっているが、受け入れられないんだ。
「いや、それはつまりアレだろ。俺に芝居を打てと言っているのか?」
俺は、自分が納得できる理由を引っ張り出して確認を取った。
偽物の恋人を立てて、親が決めた縁談を断る口実にするとか、そういう話だろ。──違うのか?
「んー。芝居でもいいけど、本気になってくれても全然構わないよ」 ……なんだと?
「本人の意思は? アナスタシアは怒るだろ?」
本気なら尚更、俺は殺されるだろう。お前は何を言っているのか、分かっているのか──。
「そうだね、怒るだろうね。でもね、僕は彼女に恨まれたいんだ。できれば、殺したいと思われるほど……」
……何だこいつは。アナスタシアは仲間じゃないのか。なぜそんなことが言える。
彼女を苦しめるために俺を利用する──いや、自分を苦しめるため──?
出会った時からおかしな奴だったが、まともじゃない。金の問題じゃない。これ以上話を聞くまでもない。
「そんなこと、俺がすると思うのか」 当然、こんな仕事は受けられない。
「あれ? 君には悪い話ではないと思うけど。ナーシャのどこに不満が?」
「そういう話じゃない。アナスタシアはお前の所有物じゃないだろ……」
そうだ。そもそもが、馬鹿げている。本人を無視したこんな話、するだけ無駄だ。いや、たとえ本人がいたとしても、だ。
「よし、じゃあ譲歩しよう」 だが、まだマルガレーテは諦めなかった。
「三日間。たった三日間だけでいいよ。ナーシャと一緒の時間を過ごしてくれ。付き合うか、付き合わないかは、その後に決めてくれればいい」
かなりの譲歩だった。随分とまともな話にはなった。
「ああ、もちろん。その気になったら、何をしてくれても構わないよ」
だが、それでも言っている事のおかしさは変わらない。
「何でこんな事をしなくちゃならないんだ? お前に何の得がある?」
「僕の利益なんて、君が考える必要はないよ。君は君の損得を考えればいいんだ」
核心は煙に巻かれている気がする。
俺の利益、か。ここの学院生としての──、それとも、エージェントとしての──。
どちらにしろ、人間関係は円滑にしなければならない。この異常な生徒会と関わることは、明らかにそれを乱す。
関わるべきではない。マルガレーテは信用できない。
しかし、問題が残る。──この手の中の請求書。これは消えて無くなったりはしない。それに──
「──三日間。何もせず、ただ居るだけでもいいのか。三日経てば、別れてもいいのか?」
「ああ、いいよ。それで」 マルガレーテは、満面の笑みを見せた。
「ぜひ、ナーシャを弄ぶだけ弄んで、三日で飽きて捨ててくれ」
彼女のたわごとは、もうどうでもいい。間違いなく、何か企みがあってのことなのだろう。
だが、それは俺にとっても同じ事だ。手掛かりが掴めなかった生徒会を探るチャンスだ。
マルガレーテと目が合う。その目は、自分の計画に絶対の自信があるのか、それとも、他人の犠牲など本当になんとも思っていないのか、曇りなく輝いていた。
マルガレーテ・ナハトシャッテン。俺は、その黒瑪瑙の瞳の正体を暴かなければならない。
「──いいだろう。その話に乗ってやる」 俺は覚悟を決めた。悪魔の仕事を受ける事にした。
彼女が隠す『この世の真実』は、その奥にしかないのだから──
「契約成立だね」 そういって、彼女は握手を差し伸べた。
その手を握る。すかさずマルガレーテは、腕を引き、体を寄せる。息がかかりそうな距離。
”扉の外で聞き耳を立てている彼女には、君から上手く言っておいてくれ”
耳元で囁くと、俺の別の手に握られていた請求書を、さっと奪った。
そして、これで話は終わり、と言わんばかりに、俺を外へと促した。
俺には、その”彼女”が誰かは分からなかった。
もし、クラスメイトの誰かがここでの会話を聞いていた、となると、また厄介なことになる。
話だけを聞かれて、逃がす訳にはいかない。
俺は覚悟を決めて、静かに出口に向かった。
盗み聞きの現場を押さえる。そうすれば、どんなことを聞かれていても、下手人より優位に立てる。
俺にはすでに、そんな打算が働いていた。足音を立てずに、扉に近づく。
”バンッ!” と、勢いよく扉を開けた。その俺の目に飛び込んできたのは、驚いた顔をしたロッカだった。
(お前か──) 「何してるんだ、こんなところで」 俺は白々しく尋ねる。
「……」 ロッカは驚きと、恥ずかしさで声が出ないようだった。
「あんたこそ……中で何を話していたのよ」 俯いて、絞り出すように声を出す。
「聞いていたのなら、聞く必要はないだろ」 俺は意地悪に突っぱねた。
「──アナスタシアって、生徒会の副会長よね。契約って何? 弄ぶってどういうこと?」
断片的にしか聞こえていなかったか。扉越しのこの距離だ、無理もない。どこまで聞いたか誘導するまでもない、か。
「アンチューサ・ロッカ──。問いただすのは、盗み聞きをされた僕の方だよ」
「──」 ロッカは再び目を逸らし、口をつぐんだ。
情熱的で、他人事に首を突っ込んでくる。そういうとこウザいけど、嫌いじゃないよ、『世話焼きロッカ』。
でもね、今回ばかりは止めた方がいい。マルガレーテは危険だ。エージェントとしての勘がそう言っている。部外者である君が、関わるべきじゃない。
「ここで聞いたことは誰にも言わない事。それが守れないなら、ビンタのお礼をすることになるから」
他者の感情に敏感な君だ。ビンタの件を持ち出せば、俺が本気で怒ってるって、君には伝わるだろ。
俺は、彼女にそれだけ言い捨てて、その場を去った。その俺を、ロッカが追いかけてくることはなかった。




