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第14話 リリー・コンスタンスは、真実を見抜く(6)

 翌日──リリーは教室に現れた。

 切り裂かれた制服も、赤く染まった腕も、その残像さえ残らず消え失せ、あの日の、史学科の日のままの姿をみせた。


 その彼女を、取り付く島もなくロッカが早々に連れ去った。俺のことを露骨に無視をして。

 ロッカは怒っている──昨日のことがあって、それはまあ、しょうがない。和解にはもう少し、時間が必要かもしれない。


 その一方で、とても熱い視線を感じる。その熱の発生源は、言うまでもなく、マリー。

 ああ、そうだな、マリー。条件は整った、君とも決着を付けなければならない。


 だがその前に、授業が始まる。

 今日は政経科。課題は──【ウェストファリア条約がもたらしたもの】だ。

 そして、教師が生徒をランダムに振り分ける、いつものグループディスカッション。

 そう、確かにこのグループ分けには、教師以外、なんびとも介在し得ない。いわば、神の采配である。そのはず、なんだ。


「よっ。久しぶりだな、お前と組むのも」 肩をポンッと叩かれた。

 ああ、そうだな、カイン・アンヘル。新学年になってからはまだ、授業で同じグループになってなかった気がする。だから、お前と同じグループになるのは、確率的に考えれば十分妥当。けどな……。


「ふんっ」 そのカインの向こうに座り、絶対に視線を向けようとしないのは、アンチューサ・ロッカ。

 仕方ないとはいえ、とても話し合いができるとは思えない。それに、問題はそれだけじゃなかった。


 ふっと、カインとは反対側に気配を感じた。振り返ると佇んでいたのは、マリー=バレリアンヌ。

 静かな闘志を内に秘めながら、まったく外には漏らさないエレガントな立ち姿。

 俺はその品位に敬意を示し、彼女のために椅子を引いた。


 俺はこれだけでも重大な問題を二つ、抱えることになった。同時に、二つだ。

 だが──神とは、つくづく人の運命を弄ぶのがお好きのようだ。


 改めて、俺は席に着き直す。そのタイミングを合わせたかのように、対面に着席したのは、リリー・コンスタンス。彼女だった。

 その碧眼はいつになく、冷たく俺に向けられている。


 三つ。難敵を同時に三つ。これは神の試練か、悪戯か──。


「────」 円卓を囲んだのに、誰一人、なにもしゃべらなかった。

 だろうな。迂闊な先手は、他者の利にしかならない。この状況では、動きたくても動けない。


「オイオイ、なんだってんだよ、みんな。ウェストファリア条約を知らない訳じゃないだろ?」

 この状況に痺れを切らし、カインが焚きつける。

 しかし、それでも始まらない議論。彼は眉間にしわを寄せ、口を尖らせる。睨んでくる彼に、俺は肩をすくめ、アイコンタクトを送った。


「しゃーねぇなぁ……。俺が議論回してやるよ、得意じゃねーんだけど。まず、この条約は──」

 ──ありがとう、カイン。多分、それが一番いい。持つべきものは、友だな。

 もし、他の誰かであれば、パワーバランスは一気に崩れ、今の均衡は瓦解してしまう。そうなれば──混沌(カオス)。もっとも原始的な手段で、決着を付けなければならなくなってしまう。


「──だから要するに、現在に続く主権国家の基盤を作った。ってことだよな? 異論は?」

 ──無いよ、カイン。上手くまとめられていたよ。

 だが、今日の授業は史学ではなく、政経科。歴史をなぞらえただけでは評価は得られない。さて、ここからどうするか。


 カインが整えた場に、誰もまだ足を踏み入れない。

 今、先んずれば広大な領土は自分の物。だが、同時に収奪される標的になりえる。まだ迂闊には、動けない。


 そこに── 「そもそも、国家に主権なんて必要だったのでしょうか──」


 唐突に、最初の一歩をマリーが踏み出した。それは、明確な開戦宣言デクララシオン・ド・ゲールであった。

 それ自体は避けられない。だが、その文言の内容は、せっかくカインが築いた土台そのものをぶち壊す、強力無比の一撃だった。

 マリー=バレリアンヌ。君は本当に、容赦などするつもりはないようだ。


「必要。に決まってるじゃない」 すかさず、ロッカが切り込む。

「三十年続いた宗教戦争を終わらせるための条約でしょ。その条約の保証人として、国家は必要よ」

 鋭い意見。普段の彼女が見せない気迫のようなものすら感じる。

 その気持ちは、分からなくはない。それほどに、彼女の発言は容認できない。だが──


「それとも、貴族のお嬢様は、血みどろの戦いがお好みなのかしら?」


 その挑発は必要ないんじゃないか、ロッカ。

 ほら、隣から不穏な空気をひしひしと感じる。これでは、もう止めようがない……。


「主権国家が生まれれば、戦争が終わる。なんて──」

「ごめんなさい。何処の田舎の教えなのか、存じ上げませんの」

「ああ、そうだ。貴女でしたら、RoTIA(ロティア)の学費を払うのにはオリーブが何本必要か、ご存じかしら」


 挑発の代償は制裁──警告など一切なく放たれた反撃の三連打。

 ああ、俺の国にもあるよ、マリー。君の言葉は、京ことばだ。


「ふぅーー」 ロッカは、聞こえるように息をつく。

 会話の流れで出た言葉とはいえ、マリーを挑発した代償は高くついたね……。

 マリーには悪いが、彼女の行動は俺には嬉しい誤算だった。てっきり、その牙を俺に突き立ててくるとばかり。

 相変わらず、俺と視線を一切合わせようとはしない。露骨な無視は、一体いつまで続くのやら……。


 だが、マリーの一方的な暴力は、咎めておくべきだ。ロッカをここで潰させる訳にはいかない。

 勢力均衡バランス・オブ・パワー──その観点から、突出する勢力の出現を許せば、後々手が付けられなくなる。

 昨日の事も含め、ここでロッカに恩を売っておく。そんな下心が、無いこともなかったが……。


「──しかし、あらゆる帝国支配は、例外なくすべて、歴史の中に消え去ってしまっている。それはどう考える?」

 ロッカよりかは冷静に、マリーの考えを問いただす。決して挑発などせず、敵にも敬意を払って。


「それを言われるなら、国家であろうと、永遠の繁栄なんて、夢のまた夢ではなくて?」

 正確無比な打ち返し。本質を捉えた見事な反論。俺も答えに戸惑った。

 返答に詰まる俺に、琥珀(アンバー)の瞳が迫る。


「──結局は、殿方のこの世界の王となりたい欲求を、止める手立てなどありませんのよ」


 俺に向けたその言葉は、ロッカが君にしたように、君から俺への挑発──なのか。

 だとしたら、何の意味がある。男の核心的衝動は否定しない。だが、それと生徒会に何か関係があるのか。

 俺はそのマリーの言葉に、マルガレーテの言った『この世の真実』を重ねた。


 まさか……君は、誰かをこの世界の王としたいのか──


「世界を欲するのは、なにも男性だけとは限らない。そうは思わない? 鞘楯君」


 そのとき、俺の考えを見透かすように、リリーが議論に飛び込んできた。

 久しぶりに聞いた彼女の声は、俺に大事なことを思い出させてくれた。


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