第13話 リリー・コンスタンスは、真実を見抜く(5)
その日の授業の終わり──
ロッカの方から俺に声をかけて来た。 「ねぇ、ちょっと顔かしてくれない?」
言葉からして不機嫌さが滲み出ていたが、その原因は見当もつかなかった。
あるとすれば、午前中のやり取り。だけど、それなら相手は俺じゃなくて、カインのはずだろ……。
「ねぇ、どういうことか、説明してくれる?」 ……何を?
連行されて、押し込まれたのは、図書館の狭い個室。──計画的だな、ロッカ。予約まで取って用意するとは。
明らかに尋問を目的とした拉致。だけれど、防音はされていてもガラス張りの部屋では、君の犯行は周囲に丸見えだよ。
そっくりそのまま、同じセリフを言い返したかったが、すこし探りを入れてみる。
「彼女の事なら、僕は何も知らないよ。誓って、本当に」
『世話焼きロッカ』。今朝、俺にリリーについて尋ねてきたのは、何か掴んでいたからか。
でも、あの生徒会の一件を知らなければ、嘘だとは見抜けないはずだ。それとも──君も生徒会側、なのか。
「ああ、そう。ふ~ん……。しらばっくれるんだ」
浮気がバレた時以外で、そんなセリフを聞くことなんてないと思っていた。まさに、そんな状況を再現するかのように、ロッカは目を見開いて圧を掛けてくる。
「私、見たんだけど。あなたたちが生徒会室から出てくるところを」
──なるほど……そうか。だから君は、俺に聞いて来たのか。
首を突っ込みたがるのは、性分なのかな『世話焼きロッカ』。けれど、やり方が乱暴すぎやしないかい。
「……偶然だよ。生徒会に呼ばれて行ったら、鉢合わせしただけさ」
見られていたならしょうがない。俺は一歩引いて、ロッカの出方を窺った。
「嘘──」 俺の言葉の最後を削り取るような鋭い一言。
いや、少なくとも、今の言葉に”嘘”は無いんだけどな。だけど、あの結末を目撃したなら、そう言いたくもなるか。
「彼女に何をしたの? あんな風になるなんて、普通じゃない。これまでだって、一度も……」
それを俺に問いただすということは、君は生徒会とも、リリーとも、どちらにも関係していないのか。
それなら、言えない。言えないことも──言えない。部外者の君を、巻き込むことはできない。
「何も無かったよ、ロッカ」 俺は嘘で、真実を誤魔化した。
「それに、そこまで踏み込む権利は、君にはないよ」 そして、彼女を突き放した。
俺の言葉に、ロッカからこれまでの威圧感が嘘のように消え失せ、そして力なく俯いた。
「へぇ~。そう……。そういうこと言っちゃうんだ、鞘楯君て。心配してるのに……」 その声は震えていた。
「私は、関係ないんだ……へぇ〜……」 その声を息が途切れるまで吐き出した。そして、その直後──
”バシィッ──!” 乾いた音と同時に、ロッカの左手は振り抜かれていた。
「馬鹿っ!」 そう吐き捨てて、彼女は飛び出していく。
遅れて、右頬がじん──と痛んだ。
自分が嘘をつくのはよくても、つかれるのは嫌、か。都合のいい女だな。まったく……っとに……。
大きく息を吐いてから、右頬に手を当てる。痛い──。きっと、ロッカの手も、同じぐらい痛いんだろうな。
こんな時は、追い掛けなきゃいけないんだろうか。無条件で。
追いかけて、追いついて、俺はどんな言葉を掛けたらいい? すべて誤解だったと言って、真実を話すのか?
それなら、このままの方が良くないか。少なくとも、生徒会との決着がつくまでは……。
リリー・コンスタンス──君が戻ってくれていれば、俺はこんな痛い目に合わないで済んだ気がするよ。
いや、俺は何を考えているんだ。彼女は俺の最重要任務──抹殺するべきターゲット。
その君に、助けを求めるなんて──都合がいいのは俺の方、か。
俺は、追いかけなかった。右頬の痛みが収まるまで、この図書館の個室で無駄に時間を潰した。
しばらくして、図書館を出る決心がついた俺は、歩き出す。
「──君、ちょっと待ちなさい」 しかし、出口の途中で図書館員に呼び止められた。
「予約した個室から時間内に退室するなら、手続きを。勿体ないでしょう」
凛とした涼やかな声の指摘。俺にも言いたいことはあるにはあったが、素直に従った。
ロッカが書いた予約票に、サインをするだけだ。とっと済ませて帰ろう。
しかし── 「君、ちょっと」 サインの後に再び呼び止められる。何か不備でもあったのか、と思った矢先。
「血が、出ているよ」 そう言って、俺の右口角を指さしてきた。
指で触れると、確かに赤い血が滲んだ。──あいつ、そんなに強く叩いたのか。
ロッカの手加減の無さに呆れていると、意外なことを言われた。
「こちらに来なさい。治療してあげよう」 こんなかすり傷に、大げさな。
断って帰ろうと思いつつ、その図書館員のネームプレートが目に入った。
そこに書かれていた名前は、スー・ジン(蘇鏡)。その名は、俺の考えを変えさせた。
──このRoTIAで知らぬ者はいないほどの有名人。『図書館の麗人』スー・ジン。
図書委員長を務める上級生──だが、彼女が羨望を集めるのは、肩書きじゃない。その容姿に違わぬ才知にある。
その彼女からの申し出を断る勇気が、今の俺にはなかった。言われるままに、カウンタ―の中に入る。
「そこに座って」 救急箱からワセリンを取り出す。そして躊躇いなく、俺の口元に指をあてた。
ただそれだけのほんの数秒。 「これでよし」 その後、俺は解放された。
「ありがとうございました」 彼女の厚意に礼を言う。
頭を下げて、立ち上がろうとした時、再び彼女からの声。 「──喧嘩でもしたのかな」
そんな介入はされたくなかった。でも、どうしてだろう。彼女だからか、それとも、治療を受けた恩があったからだろうか。自然と口が開いた。
「喧嘩、って言えるのか……だいぶ一方的だった気がするけど……」
感じていたことを口にしていた。何の偽りもなく。
「喧嘩って、そういうものよ。とくに、痴話喧嘩はね」
俺は思わず、ふっ、と小さく噴き出した。
そんなつもりは全くなかったけど、痴話喧嘩──か。他ならぬ『図書館の麗人』からの教示に、気まずくなった。
「最近色んなことがあって、クラスメイトのことがよく分からなくなって……」
言ったあとに、そんな言葉が漏れたことに、自分でも驚いた。こんな心の内を吐露するなんて。こっちは彼女を知っていても、向こうは俺なんて知らないだろうに。
「誰にでも、そんな時期はあるものよ。あなただけ、ではないわ」
そう、だよな。誰も他人の事なんて分からない。でも、俺は理解しようと努力してるし、だからって、傷つけたくもないんだ。
「喧嘩相手も同じようにね」
……そうか。俺を理解できる他人もいない。だから、ロッカは……。
そんな他愛無いことに、俺は気付いた。でもそれは、紛れもなくスー・ジン。彼女のおかげだった。
俺は黙って頭を下げて、慌てて出ていった。彼女は、今度は何も言わなかった。
だけど、手遅れだったらしい。ひとしきり捜したんだけど、もうどこにも、ロッカの姿は見当たらなかった。




