Hail
拍手が止まらない。
祝福の音だったはずなのに、今はもう違う。
揃いすぎた手拍子が、会場そのものを震わせていた。
「天城社長万歳!」
「天城社長万歳!」
「天城社長万歳!」
社員も、投資家も、報道陣も、秘書も、役員も、みんなが同じ声で叫んでいる。
服装も年齢も性別も違う。
だが、目だけが同じだった。
全員、天城誠司と同じ目をしている。
アウロはアンカーに手をかけたまま、壇上の天城を見た。
天城は笑っている。
笑っているのに、目だけが揺れていた。
「君は招待客ではないな」
「国家公務員だって言ったろ」
「ならば、退出してもらおう」
天城が片手を上げた。
その瞬間、客席の人間たちが一斉に立ち上がる。
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
さっきまでの歓声よりも、ずっと低い。
祝福というより、命令に近かった。
「うわ、急にブラック企業感出してきたな」
『アウロ、周囲の自己投影反応が増加しています』
「わかってる。全員おっさんだろ」
『正確には対象意識の分散構造です』
「言い方変えてもおっさんだよ」
最前列の男が飛びかかってきた。
アウロは避けなかった。
拳が頬を打つ。
視界が横へ揺れる。
痛みが神経に走った。
『被弾情報を確認』
「一発目」
アウロは口元を親指で拭った。
血の味がする。
もちろん現実の身体には傷一つない。
それでも、痛みだけは本物だった。
「これ終わったら、新しいロールコインもらいに行くわ」
『進言しておきましょうか?』
「頼むよ」
背後から女が掴みかかる。
爪が首筋を裂いた。
横から報道陣の男がカメラを振り下ろす。
鈍い衝撃が肩に落ちた。
『被弾三。四。五』
「リンちゃん、実況うまくなった?」
『必要な報告です』
「じゃあ褒めとく」
『不要です』
「つれないねぇ」
アウロは床を蹴り、距離を取る。
銃身側面には、まだ数字は出ない。
ゼロ。
痛みだけが身体の奥で増えていく。
壇上の天城は動かない。
自分を称える客席に守られながら、ただそこに立っている。
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
声が低くなる。
会場の空気が重く沈む。
祝福の皮をかぶった拒絶が、アウロだけへ向けられていた。
「はいはい。万歳しない不良社員は粛清ってか」
次の瞬間、全員が一斉に襲いかかってきた。
拳が腹に入る。
息が詰まる。
背中に一撃。
膝が床へ落ちる。
誰かの靴が脇腹を蹴った。
『被弾九』
「あと一発」
アウロは笑わなかった。
ただ、壇上の天城を見ていた。
天城は笑顔のまま、わずかに顎を上げる。
「これが、私を支持する者たちだ」
「支持ねぇ」
背後から伸びた腕が、アウロの首を締め上げた。
『被弾十』
銃身が低く鳴った。
側面に、淡い数字が浮かぶ。
一。
アウロは口元を歪めた。
「ようやく一発」
首を締めていた腕を掴み、身体ごと引き倒す。
相手の顔が床にぶつかる。
だが、顔は崩れなかった。
天城誠司と同じ目が、床からアウロを見上げている。
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
「しつこいな」
アウロはアンカーを構えた。
だが、撃たない。
まだ一発。
この夢を壊すには、足りない。
『撃たないのですか?』
「一発で足りると思う?」
『不足です』
「だろ」
アウロはわざと銃口を下げた。
その隙を見て、客席の群れがまた襲いかかってくる。
殴られる。
蹴られる。
引きずられる。
祝福の言葉を吐く口が、すぐ耳元まで近づく。
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
「耳元で言うな。安眠妨害だろ」
『被弾十一。十二。十三』
「いいね。順調にブラック労働」
アウロは肘で一人を押し返し、肩で別の男を弾く。
しかし倒れた人間は、すぐに立ち上がった。
傷も痛みもない。
ただ、天城を称えるためだけに動いている。
「リンちゃん」
『はい』
「こいつら、倒しても意味なさそうだな」
『自己投影構造体です。対象意識が残る限り再構成されます』
「つまり、社長さん本人をどうにかしろってことね」
『はい』
「了解。わかりやすくて助かる」
アウロは壇上を見る。
天城は笑顔のまま、こちらを見下ろしていた。
「なぜ抵抗する」
「仕事だからな」
「私は成功している」
「そう言い聞かせてるように聞こえるけど」
「違う」
天城の声がわずかに低くなる。
「私は選ばれた」
「誰に?」
「皆にだ」
客席が反応する。
「天城社長万歳!」
「天城社長万歳!」
「天城社長万歳!」
アウロは耳を押さえる。
「便利な皆様だな。呼べばすぐ褒めてくれる」
その言葉に、天城の笑顔が少しだけ硬くなった。
会場の照明が一瞬だけ揺れる。
『精神構造に揺らぎを確認』
「ほらな。褒められ慣れてないやつほど、褒め言葉に弱い」
客席の一人が、アウロの顔を殴った。
視界が白く跳ねる。
『被弾二十』
銃身が再び鳴った。
数字が変わる。
二。
「二発目」
アウロはゆっくり立ち上がる。
頬に走る痛みを無視して、壇上へ向かって歩き出した。
「止めろ」
「天城社長万歳」
「社長を否定するな」
群れが道を塞ぐ。
アウロはその中へ踏み込んだ。
殴られながら進む。
肩を掴まれ、脇腹を蹴られ、背中を打たれる。
それでも止まらない。
『被弾二十四。二十五。二十六』
「あと四つ」
『危険です』
「弾がいる」
『神経負荷が上昇しています』
「知ってる。痛いからな」
アウロは階段の一段目に足をかけた。
壇上まで、あと少し。
天城の顔から、余裕が消え始めていた。
それを隠すように、彼は両手を広げる。
「見ろ。これが私の会社だ。私を認めた者たちだ。私を必要とした世界だ」
客席がまた叫ぶ。
「天城社長万歳!」
「天城社長万歳!」
「天城社長万歳!」
アウロは血を拭った。
「違うな」
「何が違う」
「そいつらは、誰もあんたを見てねえよ」
会場がわずかに静まる。
拍手の音が乱れた。
「何を言っている」
「見てるのは社長って肩書きだけだろ」
「違う」
「違わねえよ」
アウロはまた一段、階段を上がる。
「社員も、投資家も、記者も、秘書も、役員も。全員、あんたの目をしてる」
天城の笑顔が固まる。
「違う」
「全部あんただ」
「違う!」
会場のシャンデリアが大きく揺れた。
金色の壁に細いひびが入る。
アウロの背中に、誰かの拳が突き刺さった。
続けて、腹に膝が入る。
息が止まる。
『被弾三十』
銃身が低く吠えた。
側面の数字が、三へ変わる。
三。
アウロは深く息を吐いた。
「三発。まあ、最低限だな」
客席の人間たちが、また一斉に迫る。
アウロはアンカーを構えた。
だが、撃つ先は群れではない。
壇上の天城だった。
「なあ、天城」
「来るな」
「お前さ」
アウロは階段の最後の一段に足をかける。
「本当に、社長だったのか?」
その瞬間、拍手が止まった。
会場中の空気が凍る。
天城の表情から、笑みが消えた。
「……何を」
アウロは銃口を下げない。
「いや、まだ聞いただけだろ。そんな顔するなよ」
客席の人間たちが震え始める。
口々に、同じ言葉を繰り返す。
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
「天城社長万歳」
だが、その声はもう揃っていなかった。
アウロは口元を歪める。
「現実に戻るために、徴収はじめんぞー」




