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AMAGI

 翌日、二十二時四十分。

 東国第五総合病院、地下隔離区画。

 VIGIL管理病棟。

 一般病棟とは完全に切り離された地下フロアには、低い機械音が絶えず響いていた。

 白い照明。

 消毒液の匂い。

 壁一面に並ぶ脳波モニター。

 そのどれもが、現実へ戻れなくなった人間たちを映している。

 ガラス越しに、一人の男が眠っていた。

 天城誠司。

 四十二歳。

 酸素マスク。

 固定ベルト。

 点滴。

 身体だけが現実へ置き去りにされ、意識はフォレストへ沈んでいる。


「社長って感じしねえな」


 アウロはカルテを流し見ながら呟いた。


『発症から四十八時間経過。精神沈下速度は上昇中です』

「四層落ちまでどれくらい?」

『予測十二時間以内です』

「ギリギリか」


 病室の奥には、《スリープ・アンカー》が並んでいた。

 正式名称、フォレスト侵入型神経接続式棺。

 人間一人が横になれる程度の密閉装置。

 内部には神経接続用コードが張り巡らされ、脳波同期用の液晶が淡く発光している。

 アウロはスリープ・アンカーを見ながら顔をしかめた。


「毎回思うけどさ」

『はい』

「名前変えても棺桶なんだよな、これ」

『縁起でもありません』

「公務員が棺桶入って夢に潜る時代かぁ」


 リンが端末を操作する。

 モニターへ精神波形が表示された。


『精神接続、準備完了』

「早いねぇ」

『余裕はありません。第四層への沈下予測まで十二時間を切っています』

「はいはい。落ちる前に拾いますよ」


 アウロはコートを着たまま、スリープ・アンカーへ身体を滑り込ませた。

 裾を身体の脇へ収め、背を預ける。

 首筋に、内張りの冷たさが触れた。


『神経接続開始』

「はいはい」

『同期率、十二……三十六……五十八』

「毎回これ気持ち悪いんだよな」

『慣れてください』

「無茶言うねぇ」


 透明カバーが閉じる。

 薄暗い視界の向こうで、リンがこちらを見ていた。


『アウロ』

「ん?」

『第三層です。油断しないように』

「リンちゃんが心配してくれてる」

『事実を述べています』

「ほんと素直じゃないな」


 リンは反応しなかった。


『同期率九十八。接続安定』

「じゃ、いってくるわ」


 視界が反転する。

 耳鳴り。

 浮遊感。

 落下。

 そして――拍手。

 無数の拍手が、空間を埋め尽くしていた。

 眩しい照明。

 巨大スクリーン。

 壇上。

 スーツ姿の男が、両手を広げて笑っている。


「皆さんのおかげで、私は成功できました!」


 歓声が響く。

 アウロは壇上を見上げ、顔をしかめた。


「……うわ」


 広いホールだった。

 天井にはシャンデリア。

 壁には金色の装飾。

 壇上の背後には、巨大な企業ロゴが輝いている。

 AMAGI HOLDINGS。

 現実で見た資料にあった名前だった。

 だが、そこに映る天城誠司は、病室で眠っていた男とは別人のようだった。

 背筋は伸び、髪は整い、胸元には社章が光っている。


「本日、私はここに宣言します。我が社は、次の時代を作る企業となる!」


 客席が沸いた。


「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」


 アウロは客席へ視線を向ける。

 社員。

 投資家。

 報道陣。

 花束を持つ秘書らしい女。

 壇上脇で涙ぐむ役員たち。

 完成度は高い。

 高すぎる。

 誰もが天城誠司を称えていた。

 誰も疑わない。

 誰も否定しない。

 この場所では、彼は最初から成功者だった。


『第三層侵入を確認』

「……これで第三層かよ」

『精神構造は浅層判定です。ただし願望投影が強い』

「浅い夢ほどタチ悪いことあるんだな」


 アウロは通路を歩き出した。

 拍手の音が身体にまとわりつく。

 笑顔。

 歓声。

 祝福。

 全部が眩しい。

 壇上の天城が、さらに声を張る。


「私は諦めなかった。誰に何を言われても、自分を信じ続けた。だからここまで来られた!」


 客席がまた沸いた。


「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」


 アウロの足が止まる。


「……ん?」


 声が、重なりすぎていた。

 拍手のタイミングも、頷く角度も、笑う間も、気持ち悪いほど揃っている。

 前列の男が立ち上がった。


「天城社長万歳!」


 隣の女も立ち上がる。


「天城社長万歳!」


 後ろの報道陣も、花束を抱えた秘書も、壇上脇の役員も、同じ声で続ける。


「天城社長万歳!」


 壇上の天城が、こちらを見た。

 笑顔のまま、口元だけがわずかに固まっている。

 アウロに向けて指を差した。


「そこの君。拍手はどうした? 忘れたかい?」


 拍手が止まる。

 会場中の視線が、アウロへ向いた。

 全員、天城誠司と同じ目をしている。


「……そういうことか」

『異常反応を確認』

「リンちゃん」

『はい』

「ここにいるやつ、全員たぶん本人だ」

『自己投影率、急上昇。推測を支持します』

「君は、どこの部署だ?」


 アウロは肩をすくめる。


「国家公務員」

「……公務員? なにを言っている」


 アウロは壇上を見上げた。


「いろいろとお支払いが滞っておりまして、徴収にまいりましたよ」


 天城の笑顔が少しだけ歪む。


「何の話だ」

「自分がよく知ってるだろ?」

「知らん。まったく、しらけるから帰ってくれないか? 皆様、失礼しました。さあ、パーティーを楽しみましょう!」

「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」


 社員も、投資家も、報道陣も、秘書も、役員も、みんなが口を揃える。


『アウロ、報告が』

「えっ、好きだって? 嬉しいけど後にしてくれる。こいつ、面倒そうだから」

『違います。実は……』

「なるほどね。了解」


 拍手だけが永遠に響く会場。

 壇上の天城が声を荒げる。


「私は社長だ」

「私は成功した」

「そして私はここに立っている」


 その言葉に合わせて、また客席全員が同じ声で繰り返した。


「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」

「天城社長万歳!」


 アウロはアンカーに手をかける。


「……めんどくせえタイプだな、これ」

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