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REVERIE

「あのフォレストコインの話を聞きたい」


 バーテンダーの手が止まった。

 ほんの一瞬。

 だが、アウロは見逃さなかった。


「今日は飲みに来たんじゃないのか? いつもみたいに」

「違うね。お前の尻尾が掴めたから来たんだよ」

「なんのことだか」

「あのフォレストコインのありかを、お前は知ってるそうじゃないか」

「馬鹿馬鹿しい。知るわけがないだろ」

「お前が知らない情報がこの世にあるとでも? なあ、情報屋レイン」

「いっぱいあるさ。それに、知ってたとしても言えないね」

「情報屋なのに?」

「ああ。俺は客を殺したくはないからな」

「全く、俺みたいな客にも優しいとは店員の鏡だな」


 アウロは笑わなかった。

 グラスの縁を指でなぞる。


 レインは布を畳み、カウンターの上に置いた。

 その動作が、会話を終わらせる合図のように見えた。

 アウロはそれを許さない。


 アウロはグラスを置いた。

 音が少しだけ強く鳴る。


「金ならある」

「金の話じゃない」

「じゃあなんだよ」

「お前が知るには早すぎる。それに、これは約束だ」

「約束?」


 レインは答えなかった。

 その沈黙が、答えだった。


「……へぇ」


 次の瞬間、アウロは銃を抜いていた。

 黒い銃口が、レインの眉間へ向く。


「そんな物騒なもん、俺に向けるなよ」


 レインは顔色ひとつ変えなかった。

 ただ、グラスを拭いていた手だけが止まっている。


「その銃は引けねぇだろ」


 アウロは口元を歪めた。


「やっぱりこいつのことも知ってるよな」


 薄暗い店の中で、銃身だけが鈍く光っている。

 レインは銃口を見たまま、低く言った。


「はあ……お前が死んでも引けねえ銃だってことぐらいはな」


 アウロの目から、軽さが消える。

 レインは銃身を見る。


「それに、この銃は終わらせるためのものだろ? 俺に向けてどうにかなるもんでもない」


 沈黙が落ちた。

 冷蔵庫の低い音だけが、やけに大きく聞こえる。

 アウロは銃口を下げない。


「終わらせるために持ってるんじゃねえよ」

「まあ、そうだよな。ただな、脅されても教えねぇ情報は山ほどある」

「そうかよ」

「俺を殺しても、ミイラ取りがミイラになるようなもんだ」


 その名前が出た瞬間、アウロの指がわずかに動いた。

 引き金にはかからない。

 かけられない。


「じゃあ聞き方を変える。約束ってなんだ?」

「言えない」

「なら、あのじじいに聞くしかねえか」


 アウロは銃口を下ろして、口元を歪めた。


「便利な口だな。縫われてんの?」

「アウロ」

「あ?」

「フォレストはただの病気じゃない」


 その声には、いつもの眠たさがなかった。

 アウロも、茶化さなかった。


「は? なんだよそれ、学者さんみたいなこと言って。陰謀論とかか」

「ただの警告だ」


 レインはカウンターの下に手を伸ばした。

 銃でも出るのかと一瞬思ったが、出てきたのは小さな紙片だった。

 端が擦り切れている。

 古いメモだ。


「これは?」

「名前だけだ」

「名前?」

「追うなら勝手に追え。だが、俺は何も言ってない」


 アウロが手を伸ばす。

 レインは紙片をすぐには離さなかった。


「いずれ辿り着くからな。先に伝えておく」

「これはなんだよ?」

「それ以上は約束を破ることになる」

「は? なんだよ」


 レインは紙片を離した。

 そこには、短く一語だけ書かれていた。


 REVERIE


 アウロはそれを見る。


「レヴェリー?」

「夢を見る連中だ」

「俺は起こす側なんだけどな」

「VIGILも一枚岩ではない」

「いや、なに言ってんだ」

「随分前から汚い世界だ。現実へ戻ることが救いとは限らない。そう考える連中だ」


 アウロは紙片を折り、コートの内側へしまった。


「それ以上は言えないって顔だな」


 レインはようやくグラスを拭く手を動かす。


「邪魔したな」

「ああ。もう、できれば来ないでほしいね」

「また来るさ。必ずね」


 アウロは金を置いて立ち上がる。

 ドアへ向かったところで、レインが背中に声をかけた。


「アウロ」

「ん?」

「全てを疑え」


 アウロは振り返らない。


「もともとそういう人間だよ」


 アウロは肩をすくめ、ドアを開けた。

 外の空気は冷えていた。夕方が近い。シャッター街に、薄い橙色の光が落ちている。

 歩き出そうとしたところで、イヤーピースが鳴った。


『アウロ』


 リンの声だった。


「リンちゃん。もしかしてデートのお誘い?」

『アルコールを検知しました』

「あれま、あれってアルコールだったの? 知らなかった」

『白々しい』

「見逃してよ」

『飲酒は禁止されています』

「はいはい。今日ぐらいはいいだろ」

『明日、作戦決行です』

「見逃してくれるってことか。わかったよ。明日だね」


 通信の向こうで、ほんの少しだけ間があった。


『明日、遅れないでください』

「リンちゃんが迎えに来てくれるなら」

『行きません』

「即答やめて。心にくる」

『失礼します』


 通信が切れた。

 アウロは舌打ちして、ポケットの中の紙片に触れる。


 REVERIE。


 夢を見る連中。

 夢に残ろうとする連中。

 そして、フォレストコインを追うかもしれない連中。


 アウロはシャッター街の奥を見た。

 薄暗い通りの先で、閉じた店の看板だけが風に揺れている。


「夢に残る、ね」


 口元を歪める。


「寝言は寝て言えよ」


 夕方の街を、アウロは一人で歩き出した。

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