表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/11

VIGIL

 帰還時の感覚には、いつまで経っても慣れなかった。

 視界が白く反転し、意識だけが一瞬遅れて現実へ戻ってくる。浮遊感と吐き気が同時に押し寄せ、アウロは医務室の検査椅子へ深く座り込んだ。


「三十発だぞ。労災おりる?」


 モニターを見ていた中年の医師が、眼鏡を押し上げる。


「申請自体は可能ですよ」

「通してくれよ、先生」


 医師は検査データを確認しながら続けた。


「肉体損傷なし。ただし神経代替負荷は中等度。精神汚染率は正常範囲内です」

「三十発撃たれて中等度って……」

「第五層までは、損傷が肉体ではなく神経に逃げます」

「逃げるなよ」

「肉体が壊れるよりはマシです」

「神経が壊れるのはいいのか?」

「ああ言えばこう言いますね」


 アウロは検査椅子にもたれ、天井を見上げる。

 夢の中では肩を撃たれ、腹を撃たれ、何度も倒れそうになった。なのに現実の身体には傷一つない。ただ、痛みだけは綺麗に脳へ残っている。


 それがフォレストだった。

 浅層は安全と言われる。肉体だけなら。


 医務室のドアが、ガラッと開いた。


「リンちゃん! やっと会えたね。この後暇?」


 入ってきたリンは、端末を片手に持ったまま表情ひとつ変えなかった。


「レヴァンが呼んでいます」

「うわ、仕事の話だった」

「任務報告と次案件の提示です」

「リンちゃんが呼び出してくれるなら喜んで行くけど?」

「命令です。速やかに移動してください」

「そういうとこだよ」


 アウロは椅子から立ち上がり、机の上に置かれていたアンカーを拾う。


「じゃ、行ってきます」

「神経負荷はまだ残っています。無茶はしないように」

「お、珍しく優しい」

「事実を伝えているだけです」

「でも心配してくれてるんだ?」

「違います」

「即否定!?」


 医師が小さく咳払いした。


「元気そうですね」

「先生、リンちゃん冷たくない?」

「私は十分配慮しています」

「どこが?」

「生存確認をしています」

「最低ラインだろ、それ」


 アウロは肩をすくめる。


「善処しまーす」


 軽い足取りのまま、医務室を出ていった。


 自動ドアが閉まる。


 少しだけ静かになった部屋で、医師がカルテを閉じた。


「……彼は、いつもああいう調子なんですか?」

「はい」

「軽い方ですね」


 リンは閉じたドアを見たまま答える。


「ああでも言わないと、保てないんです」


 医師が視線を向ける。


 リンは静かに続けた。


「あの人は、ずっとアカネさんを追ってますから」


 VIGIL本部は地下に作られている。

 アウロは長い通路を抜け、司令区画へ向かった。壁面モニターには各地のフォレスト反応が流れている。赤い警告表示は、昨日よりまた増えていた。


 エレベーターが開く。

 最上層、司令区画。


 レヴァンの執務室は相変わらず無駄がなかった。壁一面のモニターには、日本地図とフォレスト発生反応が表示されている。その中央には、階層別帰還率が淡々と数字で並んでいた。


「よう、ダディ」

「その呼び方をやめろ」

「呼んだのそっちだろ。寂しかった?」

「次の任務だ」

「ねぎらいゼロかよ」

「必要ない」

「労災も通らないし、愛もないし、最低の職場だな」


 レヴァンがモニターを切り替える。

 表示されたのは、四十二歳の男だった。


「次は第三層だ。対象は四十二歳男性。自称会社経営者。意識沈下が進行している」

「浅層の底か」

「だが沈下速度が速い。放置すれば第四層へ落ちる可能性が高い」

「落ちる前に拾えってことね」

「そうだ」

「それと、結晶化反応を確認している」

「何になりそう?」

「おそらくジョブだ」

「自称経営者のジョブねぇ」

「回収できれば戦力になる」

「いらねえ能力だったら?」

「持ち帰れ」

「公務員って大変」

 レヴァンが資料を閉じる。


「作戦決行は明日、二十三時」

「また夜かよ」

「対象の沈下が安定する時間帯だ」

「はいはい。わかったよ、行ってくる」


 アウロはアンカーを拾い上げる。


「無駄撃ちはするな」

「撃つには十発もらわないといけないんだけど?」

「なら撃つな」

「最低の作戦指示だな」


 短い沈黙。


「……アカネに変化はない」


 アウロの表情から、わずかに軽さが消える。


「そっか」

「勝手に潜るな。許可は出さん」


 アウロはドアへ向かう。


「わかってるよ」


 少しだけ間を置く。


「……今はな」


「アウロ」


 ドアの前で足が止まる。


「死ぬな」


 アウロは肩越しに手を振った。


「浅層だろ?」


 そのまま、執務室を出ていった。


 静かな病室。

 機械音だけが響いている。


 眠ったままの女性がいた。


 アカネ。


 アウロは椅子へ腰掛け、机へ缶コーヒーを置く。


「次、第三層だってよ」


 返事はない。


「四十二のおっさん。」


 アウロは眠ったままのアカネを見る。


「……まだ迎えに行けなくて、悪いな」


 窓の外が、少しずつ白み始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ