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The White Room

 司令室の扉が勢いよく開いた。


「レヴァン隊長!」


 ランの声は震えていた。

 司令室にいた全員の視線が一斉に集まる。

 レヴァンはゆっくりと立ち上がった。


「どうした。」

「アカネが帰還できません。」


 部屋の空気が止まる。

 誰もその言葉を理解できなかった。

 レヴァンはランの前まで歩く。


「深度は。」

『測定不能です。』

「帰還座標は。」

『消失しました。』

「通信は。」

『応答ありません。』


 レヴァンはモニターへ目を向ける。

 黒い画面には、ただ一つの表示だけが残されていた。

 CONNECTION LOST

 部屋中が静まり返る。


「隊長……。」


 一人の隊員が口を開いた。


「深層です。」

「もう……。」

「分かっている。」


 レヴァンは短く答える。


「フォレストコイン使用申請を出す。」


 司令室がざわついた。


「隊長!」

「前例がありません!」

「深層ですよ!」

「だからだ。」


 レヴァンは誰の顔も見なかった。


「娘を迎えに行く。」


 その日、本部へ申請書が提出された。

 翌日。返ってきた答えは一枚だった。


 却下。


『深層への侵入は禁止。』

『使用者の生還は保証されない。』


 レヴァンは黙って書類を閉じた。

 二日目。

 もう一度申請する。却下。

 三日目。却下。

 四日目。却下。

 五日目。却下。

 六日目。ランは隊長室の扉を開く。

 机の上には申請書が積み重なっていた。

 レヴァンは一度も帰宅していない。


「隊長。」


 返事はない。


「少し休んでください。」


 レヴァンは書く手を止めなかった。


「休む?娘を取り戻したらな。」


 ペン先が止まる。


「父親だけ眠るわけにはいかない。」


 ランは何も言えなかった。

 七日目。一枚の封筒が隊長室へ届く。

 レヴァンは静かに封を切る。

 赤い承認印。

 フォレストコイン使用許可。

 たったそれだけだった。


 地下最深部。


 重い隔壁が一枚ずつ開いていく。

 幾重もの認証を抜けた先。

 一つのガラスケースだけが静かに置かれていた。

 銀色のコイン。

 それがフォレストコインだった。

 レヴァンはゆっくりケースを開ける。


「準備は。」

『完了しています。』


 ランの声も、いつもより小さい。


「始めよう。」


 レヴァンはスリープアンカーへ横たわる。


『精神同期開始。』

『フォレストコイン認証。』

『深層接続開始。』


 視界が白く染まる。

 音が消える。

 風がない。

 匂いもない。

 重力すら感じない。

 白。前も。後ろも。上も。下も。

 世界には白しか存在しなかった。

 レヴァンは静かに歩き始める。

 自分の足音だけが響いていた。


「……ここが深層。」

「ようこそ。」


 声が響く。

 レヴァンは立ち止まる。

 一人の男が立っていた。

 年齢は分からない。

 表情も変わらない。

 ただ穏やかに笑っている。


「君が来ると思っていた。ここは深層ではないよ。君に会いたくて作ったんだよ。」


 レヴァンは迷わずアンカーを向けた。


「娘はどこだ。」


 男は小さく笑う。


「まったく最強があせるなんて。」

「返せ。」

「返す?」


 男は首を傾げる。


「彼女は物じゃない。」


 レヴァンは一歩踏み出す。


「娘はどこだ。」


 男は背を向ける。


「まあいい会いたいんだろう。案内するよ。」


 男は白い世界の奥へ歩き始めた。

 レヴァンはアンカーを構えたまま、その背中を追った。

 20分ほど歩いてから男は歩みを止めた。


「着いたよ。」


 レヴァンの前に、一枚の扉が現れる。

 白しかなかった世界で、その扉だけが色を持っていた。


「この先が娘さんの世界。」


 レヴァンは男を睨む。


「お前は来ないのか。」


 男は静かに首を横へ振った。


「これは家族の話だ。」

「私は邪魔者だからね。」


 男は扉の横へ寄る。


「行っておいで。」


 白いフードを被った男の口元は不気味に笑っていた。



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