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62 番外編16 はろうぃーん

Happy Halloween!



「また来たぞ、大臣からの嫌がらせが! 今月もう何度目だ!? ふざけるな!!」


 椅子から立ち上がった王太子が、大臣から届いた提案書の束を丸めて、腹立ち紛れに、ぺしんっ、ぺしんっ、とリズミカルに執務机を叩く。


「なんでおまえの領地までの直通道路を国の予算を使って作ってやらないといけないんだ! 恥を知れ!!」


 それを堂々と公共事業にしようとしているところが大臣の大臣たるゆえんだ。それくらいの図太さがなければ大臣の職など務まらないということだろう。


 そして王太子に提案してくる辺りが若造だと舐め切っている証拠でもあった。


「ああっ、腹が立つ! 追い剥ぎにでも遭う呪いをかけてやる!」


 王太子は丸めた束を雑巾縛りの要領できゅっと捻り、ゴミ箱に投げた。が、枠に弾かれて床に転がったのを見て、奇声を発しながら髪を掻きむしる。


 アナのおかげでどれだけ忙しくても身を清めることだけは義務化した執務室なので、王太子のくしゃくしゃになった髪から漂って来るのは石鹸の香りだ。


 清潔感を売りにしはじめた執務室だが、だからといって側近が増えるわけでも、仕事量が減るわけでも、大臣からの無茶な要求が止むわけでもない。


 シリウスは床に落ちた書類の成れの果てを、ゴミ箱へとしっかり入れると、だいぶ情緒が不安定の王太子に休憩を勧めた。さすがにこの調子で働いては、大きなミスをしかねない。それこそ大臣の思う壺だ。


 側近たちが分担して、お茶と茶菓子を王太子の執務机へと置いていく。


 熱いお茶をひと口飲んだ王太子は、ほんの少しだけ眉間のしわを解いた。


 ひとまず落ち着いたようなので、シリウスはかねてからの疑問を投げかけた。


「ところで、追い剥ぎに遭う呪いとは一体どのような呪いでしょうか?」


「真面目か。どう考えても言葉の綾だろう。そんな呪い、あるならとっくに乱用している」


「そうですか……。今日は『はろうぃーん』という、死霊が集う危険日らしいので、そういう呪いもあるのかと」


「……はろうぃーん? なんだそれは」


「私にもよくわかりませんが、今日はそういう日なのだそうで。特別な儀式を執り行うらしく、朝から妻と娘がなにやら楽しそうに準備していました」


「死霊で溢れる日が、楽しい? 相変わらず変な妻子だな」


「詳細は急いでいて聞き流してしまったのですが、どうやら儀式自体が楽しいそうです」


「火を焚いて踊ったりするのか?」


「無知で申し訳ありません。それはご自分で調べてください」


「そんな暇はない」


 サフィニアなら頼めば詳細な説明をしてくれそうだが、今日は『はろうぃーん』で忙しい。エスターも来ると言うので、宗教的で大掛かりな儀式が執り行われるのではないかと想像している。


「そういえば、城にも来ると言っていました」


「火の取り扱いには十分注意しろよ」


「さすがに城内で火を焚いたりはしないと思いますが……」


 どのような儀式が行われるかわからないので、会ったらしっかり話しておかなくてはと頭の片隅にメモしていると、王太子が背もたれに体を預けてだらけはじめた。


「死霊でも悪魔でもなんでもいい。大臣を懲らしめてくれるのなら、この城に集うことを許す」


「死霊相手に気安く門戸を開かないでください」


 シリウスの脳裏にちらりとジェノベーゼがかすめたが、頭を振って思考を振り払う。ジェノベーゼはぬいぐるみであり、死霊でも悪魔でもない。善良なぬいぐるみだ。


(そういえば……)


 シリウスは鞄を探り、目当てのもの――手のひらサイズの橙色をしたかぼちゃを取り出した。玄関にいるジャック・オラン・ウータンのミニチュア版だ。アナが日々量産しているのか、ジャックの周囲にたまにミニジャックが増えている。これもそのひとつだ。


 アナがいたずらで勝手に人の鞄に忍ばせていたらしく、鞄を開いて目が合ったときは心臓が止まりかけたが、玄関にいるお化けかぼちゃに比べればまだサイズ的にはかわいいものだったのでどうにか気を持ち直したのはつい先ほどのことだ。


 相変わらずアナは人を脅かすことに楽しみを見出しているようだが、対象がシリウスだけなので叱るに叱れないまま今に至る。


「気休めですが、これをどうぞ」


「なんだこれ。かぼちゃか?」


 王太子がミニジャックを掴み取って、ひっくり返したりしながら興味深そうに検分する。


「魔除け代わりに差し上げます」


「かぼちゃが魔除けになるとは思えないが……まぁ、なかなかおもしろい顔だから、もらっておく」


 気に入ったのか執務机の真ん中にミニジャックを飾り満足げな王太子は、なぜかそのまま願い事をしはじめた。


「大臣がハゲますように」


 それは願い事を叶えるアイテムでもなければ、大臣の頭皮はすでに手遅れだ。


「ズタボロになって、なにもないところで躓きますように」


 だがなにはともあれ、そうやって腹に溜まった心の澱をミニジャックへと吐き出すことで気持ちが切り替えられるのならよかったと思いながら、シリウスはゆっくりとお茶を飲み、なにげなく王太子の斜め後ろにある庭を臨める窓へと目を向けた。


 この激務の執務室と比べたら、秋薔薇の咲く庭は情緒豊かで趣のある風情だ。しばらく目を和ませていると、子供たちがとことこ歩いてきた。ブラウニー着ぐるみを着たアナと、ララのドレスを着たシュシュと、アナのドレスを着たジョシュア王子の三人だ。全員、手にはジャック型のミニバスケットを握り締めている。


「……」


 黙って王太子のそばに立つ近衛の彼の顔を見やる。彼は背後にある窓の向こうの様子には気づいていないようだ。仕方ないのでシリウスはまた外へと意識を向けた。


 百歩譲ってアナのブラウニー着ぐるみと、シュシュの着ているララのドレスまではわかる。あれはもしかするとララなりきりドレスだろうかと思いもしたが、今はそんな些細なことを論じている場合ではなかった。


 なにより問題は、ドレス姿のジョシュア王子だ。


 あの見覚えのあるドレス……シリウスの思い違いでなければ、間違いなくアナのふりふりドレスのひとつだ。


 シリウスは今度は王太子へと視線を移した。


「どうした?」


「いえ……」


 こちらもなにも知らないようだ。


 もしかするとアナがジョシュア王子で着せ替え人形ごっこをしたのかもしれず、そう考えると迂闊に告げ口はできなかった。


 仲良くとことこ歩いていた三人の子供たちは、すれ違う人たちにひと言なにかを話しかけ、相手からお菓子らしきものをもらっている。


 儀式に必要な供物でも回収しているのだろうか。よく見るとサフィニアとエスターも少し離れた後方にいて、揃って熱心に神へと祈っていた。


 もうすでに儀式は開始されているのだろうか。しかしエスターはなぜかアナの謎行動に神聖みを感じるらしく、折に触れて祈りがちなので判断が難しい。そしてサフィニアはエスターが祈っていたらつられて祈るので、なにもあてにはならない。


 よく誰にも咎められないなとも思うが、司祭服姿のエスターがどこで祈っていようとそれこそがあるべき姿であり、誰も違和感を抱かないようだった。


 シリウスは王太子の話に適当に相槌を打ちながらも、窓の外の様子を目だけで窺っていると、子供たちは運悪く件の大臣に遭遇した。直通道路大臣である。


 子供たちはこれまでの人たちと同じように、にこにこ笑顔で話しかける。しかし相手が悪かった。大臣は子供相手でも横柄な態度のまま、犬でも追い払うかのように雑に手を振った。どうやらジョシュア王子に気づいていない様子だ。ドレスを着ているのでわからなくても無理はないが、このまま放置しておけば揉め事が起きる可能性がある。


 シリウスは反射的に立ち上がって庭へと向かおうとしたのだが、それより先に、アナの号令で子供たちが一斉に大臣へと襲いかかるのが見えて、中腰のまま言葉を失い固まった。


 上着にはじまり、シャツのボタンやネクタイ、しまいにはベルトや靴といった、あらゆるものを奪って、子供たちは嵐のように去って行った。


「…………」


「どうした?」


 シリウスは中腰の姿勢から、ゆっくりと座り直し、頭を抱えた。


 今動いたところで、もはや手遅れだ。自分の反射神経の鈍さと判断の遅さが悔やまれてならない。


「大丈夫か?」


 大丈夫ではない。半裸の大臣が茹で蛸のようになりながら破れたシャツで必死に体を隠しながら叫ぶ声がここまで届く。


「なっ、なんだ!? 今の雄叫びはなんだ!?」


「……殿下の呪いが成功した結果です」


「は?」


 シリウスの目線を追い、王太子がゆっくりと窓を振り返って、外へと視線を向ける。追い剥ぎに遭った直後の大臣の悲惨な姿を目にして唖然としていた。


 側近たちもなにごとかとぞろぞろ窓辺へと集まり、それを目にして、王太子へと畏怖を向ける。


 その王太子は、この状況をどう理解したのか、戦慄きながらも恭しくミニジャックを両手で持ち上げ、


「まさか、このかぼちゃ……」


「いえ、それはただのかぼちゃです」


 否定した直後、大臣が足をもつれさせて無様に転がった。


「……」


「かぼちゃ様……」


 王太子の信仰心は完全にミニジャックへと向かっている。シリウスは今、新たな信仰、ミニジャック邪教が派生してしまう危険な現場に立ち会っている。


 そこでようやく、出がけにサフィニアに言われていたのに聞き流してしまっていたことの一部を思い出した。


 今日は、はろうぃーん。子供たちにお菓子をあげないと、いたずらされる日である、と。


 大臣はたかだかお菓子ひとつをあげなかったせいで、あのような悲惨な目に遭ったのだ。


 来たる子供たちの襲撃に備え、シリウスは急いでお菓子を準備しながら、かぼちゃはあくまでもかぼちゃであり、信仰の対象ではないという話を延々とし続けて王太子を正気へと戻した。




「「とりっく、おあ、とりーと!」」

「いたずらかお菓子? なんだ、この子供らは……。私は忙しい。あっちへ行きなさい。しっしっ!」

「! いたずらなのー!」

「とつげきー!」

「ふぇーん!」

(くわっ!)

「な、なにをするっ、やめんか! ……って、ジョシュア殿下!? なぜドレス……いや、待っ、お、おやめくださいっ……! ああああ……!」


(異界の聖女様がお伝えになった伝説の儀式、ハロウィーン! まさか今代の聖女様が再現してくださるとは……感謝いたします、ナスラ様!)

(アナを叱らないと……でも、エスターが祈っているからまずはお祈りしないと……感謝いたします、ナスラ様!)


「かぼちゃ様。かぼちゃ様。どうかほかの大臣たちも懲らしめてください」

「ですからそれはただのかぼちゃです」

(カボチャ、ヒャッコノ、ノロイ……ズモモモモモ……)

「シリウス! かぼちゃ様から呪いのオーラが!」

「気のせいです。それはただのかぼちゃです。かぼちゃ以上でも以下でもありません」


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― 新着の感想 ―
意外と大臣の要求はまっとうなんだけどな。 国土に道を作る施設するのは、国王の権限だと思うし、国道をとおすのは国、またわ県の事業。
まぶに気づいた以上大臣は泣き寝入りかな? 訴えてもパパ王太子が却下するだろうし。 正気に戻って信仰捨ててもハロウィンは公式行事にしそう。
ジャック・オラン・ウータンの呼び名で定着するのか( ・д・) カボチャ様の呪いの効き目はバッチリ! ジャック・オー・ランタン用の南瓜は間違いなくパンプキンですが、普段日本で食べられている南瓜は殆どが…
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