■ 6
側近たちが蜘蛛の子を散らすように己の任務に戻っていったあと、そのスレンダー美女はリンリンに向けて一礼した。
「陛下の補佐官レベッカ・エメと申します。お会いできて光栄です。私のことは、どうぞレベッカとお呼びください」
それにしても、とレベッカは、ギロリとジルを睨みつけた。
仮にも一国の王に不敬ではないかとリンリンは気が気でないが、彼女は意に介さない。
「こんなにか弱い女の子に寄ってたかって何してるの。竜人の威圧は無意識でもすごいのよ? こんなに怯えてかわいそうに、真っ青になって震えているじゃないの」
平然としているジルのすぐ後ろで、レベッカの剣幕に小さくなったのはアーサー・クレマンだ。
近衛隊長の彼だけは国王の護衛のために、この部屋に留まっているのだ。
「お、俺たちはリンリンさんに事情を聴こうとしていただけで……。陛下と結婚しないって言い出すし、それで――」
「お・だ・ま・り」
ピクリと眉を上げたレベッカは、しどろもどろのアーサーを黙らせて、ニコリとリンリンに笑いかけた。
「リンリンさん、ごめんなさいね。怖かったでしょう?」
「い、いえ、大丈夫です」
本当は怖かったけど、リンリンは社交辞令として無難な答えを選択した。
レベッカはその返事に優しく頷いてから、次の瞬間、きっぱりと告げた。
「申し訳ないけれど、リンリンさんには、このまま王宮に滞在していただきます」
「え、えっ? 私、帰りたいんですけど」
(まさか監禁されて、無理やり結婚させられたりしないよね?)
国王の権力ならそれも可能なのではないかと、リンリンは青くなる。
歴代最強と言われるアルベール国王に逆らう者など誰もいないからだ。
「それがね、陛下が優勝パレードの途中でリンリンさんを追いかけて行ってしまったために、『番』の存在が、周辺諸国や国民に知られてしまったの」
レベッカはふぅ~と深いため息を吐き、恨めしそうにジルを一瞥した。
「必死で止めたのに、振り払って行っちゃうんだもの。お陰で大変だったわぁ~。パレードは中止になるし、皆、どうしたんだって騒然とするし。主役のいないパレードなんて前代未聞よ」
「仕方ない。車上から、人波に呑まれそうなリンリンを見つけたんだ。あそこで追いかけなかったら見失っていたはずだ。パレードなんかより、『番』を選ぶのは当然だろう?」
ジルは「それの何が悪いのか」と言わんばかりだ。
レベッカは肩をすくめ、リンリンに視線を移すと補佐官の顔に戻った。
「そういうわけで、竜人にとって『番』は命より大切な唯一無二の存在。つまり、あなたは陛下の弱点なんです。陛下の弱点は、国家の弱点と同じ。いつ命を狙われても不思議はありません。そんな方を碌な警護もなく、お帰しするわけにはまいりません」
そんなぁ! と叫びそうになったリンリンだったが、身の安全のためだと言われると反論しづらい。命は大事だ。
「それに、これは国民法第429条『国家防衛に基づく国民義務』に該当します。リンリンさんに拒否権はありませんのであしからず」
「国家防衛に基づく国民義務」とは、国防上の理由により、保護が必要だと判断された場合、本人の同意なく身柄を拘束できるというもので、国民はこれに協力する義務を負う。
通称「429」。
お肉好きな獣人たちの間では「保護期間中は超豪華な部屋で、すっごい肉料理が食べられるらしいぜ」とまことしやかに噂される、都市伝説的な法律でもある。
そこまで言われ、リンリンは観念した。噂の「すっごい肉料理」にも興味があった。
せめて愛用している薬作り用の鍋と匙を取りに戻りたいと思い、一時帰宅を申し出たが却下されてしまった。どうしても必要なものがあれば、取ってきてくれるという。
「国王居住区にリンリンさんの部屋を用意しました。陛下の隣室なので警護しやすいですし、陛下もそれでよろしいですね?」
レベッカに確認されたジルは少々不満げだ。
「何も別室を用意しなくったって、同じ部屋でいいじゃないか」
(同じ部屋なんてムリ!)
リンリンがぎょっとして視線でレベッカに助けを求めると、心得顔で目くばせが返された。
「リンリンさんは、今日初めて陛下にお会いしたばかりです。戸惑っておられますし、こちらの都合ばかりを押しつけるのは酷でしょう。どちらにせよ、祝賀行事でしばらく王宮内は落ち着きませんので、蜜月どころではありません。がっつきすぎは嫌われますよ?」
「う……」
嫌われますよの一言に、渋々ジルは折れた。
しかし、やっと見つかった「番」を手放すのはどうしても嫌だったのか、リンリンを抱き上げて部屋まで運んだのだった。




