【番外編】補佐官レベッカの恋 7
ようやく春がやってきた。麗らかな春。春爛漫。とにかく人生の春だ。
あのあと、我に返ったリンリンさんが「蜜月はまだダメよッ?」と慌てふためいたが、「それは心配ない。竜人は『番』に無体なことはしない」と陛下に宥められていた。
あの~、さすがの竜族も成人前の子どもに手は出しませんよ。いつも一緒にいようとするとは思うけど。
陛下の寝室に漂っていた甘い匂いは、どうやらミンミンちゃんのものだったらしい。彼女はちょくちょく父親の様子を窺いに屋根裏を訪れていたという。
イーサンは、なし崩し的に国王居住区の端っこの部屋に住みついた。
理解を示していた陛下だったが、やっぱり過保護だったのか、それとも「番」に狂った男を信用できなかったのか、彼の手のひらにはしっかり魔術契約の紋が刻まれていた。
きっと何か約束させられたのだろう。
そして宣言どおり、先日行われた国王を決める武闘大会で優勝し、新国王となった。
イーサン・ブランジェ・デ・ヴァリ・デュ・ドラゴとなり、名実ともに最強であることを証明したのだ。
国王なんて多忙なポジションは面倒くさい、そうのたまっていた男と同一人物とは思えないほど、今は威厳とやる気に溢れている。
なぜなら、いつも彼の肩には、エメラルドの首輪をした黒猫が乗っているのだ。愛猫を前に醜態を晒すわけにはいかない。
竜族の男は愛しの「番」のためなら、いくらだって頑張る。
イーサンはこの愛猫をミミと呼び、愛おしそうに頭をなで、自ら食事を与えている。
甲斐甲斐しく世話をする彼の親指には、首輪とお揃いのエメラルドの指輪がはめられていた。
「緑は私たちの色ですから」
これまたどこかで聞いたようなセリフを口にして、嬉しそうにミンミンちゃん、いや、黒猫ミミの背中にブラシを当てる。
かく言う私の左手にも、赤いルビーの指輪が輝いている。
あの日、プロポーズのあとに、レオナルドから仕上がってきたばかりだというこの指輪を贈られたのだ。
店で指輪を受け取って帰ってみれば、私がいたので驚いたらしい。
「だって、そのために彼はこの国に来たんだもの、早いほうがいいと思ったのよ」
のちにリンリンさんは、悪戯がばれた子どものような顔をして、その日のことを語った。
レオナルドが私に求婚しにやってきたことは、リンリンさんもセレーナ元王女も知っていたそうだ。
何それ? めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど。
無言でうつむく私に、リンリンさんは笑いかけた。
「もうずっーと、やきもきしてたの。レオナルドさんはいつも熱い視線でレベッカさんを見つめてるし、レベッカさんは竜人だから、一夫多妻のとこには絶対お嫁に行かないってジルは言うし。でもね、巫女姫様が言ってたのよ。あの二人は色が同じだって」
色とはオーラの色らしい。人は色のついた『気』を纏っているのだそうだ。
赤と青。情熱と冷静さの色を併せ持つのを巫女姫様は見たそうな。
ものすごい情熱と愛を心に宿しながらも、頭はちゃんと冷静なのね、と。
「だから、いつかなんとかなるんじゃないかと思って。レオナルドさんって諦めるタイプじゃなさそうだし、それに、そのルビー」
「ルビー?」
レオナルドの髪の色じゃないのかしら? 彼、赤毛だから。
「ルビーの石言葉は『情熱』、意味は『愛の勝利』なんだって。まるでレオナルドさんの決意表明……というか勝利宣言みたいよね!」
リンリンさんの言葉に、私の顔はボンッと火を吹いたように熱くなった。
私たちは、西の聖教会で密かに二人きりの結婚式を挙げた。
レオナルドはもっと豪華にと考えていたらしいが、「番」を隠したがる竜人の結婚なんてこんなものだ。
それに式では逆鱗の秘術を行うのだ。秘術は他人に見せるものでもないしね。
私たちは、女神マハマーティの御前で愛を誓いキスを交わし、その場で女神に跪く。神父が心得たようにその場を立ち去るのを見届けてから、私は自分の逆鱗を取り出して口に含んだ。
呪文を唱えながら魔力で逆鱗を溶かしてゆく。
「オーム オーム …………パドゥ マハマーティ……」
いきなり術の発動を始めた私を、レオナルドは目を丸くしながら見ている。
「我ら母なる御方 慈悲と愛の女神よ 今ここに 夫婦の誓いを交わせし二人を認め 許しと加護を賜らんことを……」
魔術を込めて彼に口づけると、私の求めに応じるように二人の身体が燦爛と輝く金の光に包まれた。
レオナルドはポカンとしていて「これは、なんだ……?」と訊くので説明したら、「そういうことは、早く言え」とほっぺたをつねられた。
あれ、言ってなかったっけ? 国王だった人だから噂ぐらい聞いたことがあるだろうと思って、ちゃんと話さなかったのかもしれない。
竜族にとってはこれが常識だしね。
いずれにせよ、レオナルドは私と同じ寿命を得た。
「人生……長いな」
第二の人生をのんびり過ごし、最期を私に看取られて終わるつもりだったバレンの前国王は、あ然と呟いた。
「だから言ったじゃない『間に合ったわ』って。これ以上遅かったら、オジサンを通り越して、おじいちゃんのまま長~い余生を送るところだったんだから!」
さすがの逆鱗の秘術も、寿命は伸ばすが若返りはしない。女神はそんなに甘くないのだ。
私がおどけると、レオナルドはプッと噴き出した。そして新妻の手をしっかりと握り、陽の光が差し込む、外へと続く扉に向かって歩き出した。




