【番外編】補佐官レベッカの恋 5
「おう、元気か、レベッカ。相変わらずキレイだな」
庭に現れたレオナルドは、いつものようにお決まりのセリフで挨拶するとニカッと笑った。
「お久しぶりね。あなたも元気そうで安心したわ。まさかこの国にいるとは思わなかったけど」
王として国を治めていた頃は精悍だった顔つきが、引退したからなのか少し柔和になって、顔のしわが増えた気がする。
考えてみれば、もう孫がいるおじいちゃんなのだ。
まあ、獅子族は長寿なので、若々しくはないが、孫がいるほど年寄りには見えない。それでも竜族の私よりは早く老いる。学生の頃は同い年くらいに思っていた外見が、近年ではずっと年上に感じられるようになった。
「迎えにきたんだよ」
彼はまたニカッと笑う。
「レベッカを迎えにきたんだ」
一瞬、息を呑む。
私を迎えにきた? レオナルドが?
言っている意味がよくわからなくて、混乱する。助けを求めて辺りを見渡しても、いつの間にか誰もいなくなっていた。
「退位して国が落ち着くまで、少し時間がかかった。後宮も解体しなきゃならなかったしな」
退位した王の後宮の維持は本人次第だが、通常は縮小して正妃と子を産んだ側妃が残る。
レオナルドの場合は正妃を置かず、子を産んだ側妃たちは早々に後宮を出て、第二の人生を謳歌している。
それでも解体となるとそれなりの時間がかかるようだ。ちゃんと一人一人の行く先を本人の希望に沿って面倒を見るのがバレンという国だから。
彼が一歩近づくと、胸がドクンと跳ねた。
「どういうこと?」
「初めてレベッカに会ったとき、一目でコイツだと思った。それ以来、俺の一番はずっとお前だ。なあ、レベッカ、俺はお前の『番』なんだろう?」
「な、んで……?」
なんでわかったのかと、そう言いたかった。
獅子族に「番」の習性はない。そして女には男のように、「番」に対する激しい情動はない。
ただ、わかるだけだ。――この人だ、と。
だから自分さえ黙っていれば何も気づくまいと高を括り、つかず離れずの中途半端な関係に甘んじてきたのだ。
「レベッカに求婚すると、返事はいつも俺の『唯一じゃないから』だ。『番ではないから』と断られたことは一度もない。だが俺はお前を一番にはできても唯一にすることは無理だったからな。国を治める責任があるし、バレンの王は誰よりも妃を多く持って、たくさんの女を幸せにすることが求められる」
知ってる。それがバレン王国のステータスであり、王族であればそれを保つことが権勢の安定に繋がる。一度に娶れる妃は十人だが、つねに入れ替わるため実際の数はもっと多い。
おおらかで自由に人生を楽しもうとする獅子族であっても、国王が後宮を持たない選択肢はないのだ。
「そんな生き方も悪くはないが、心残りは自分の一番をこの手で幸せにできなかったことだ。それにあの夜こう言ってただろ? 『こっちが嫉妬で暴れたらどうすんのよ』って。それで確信した。俺はお前の『番』なんだって。なあ、そうだろう?」
レオナルドの言うとおりだった。
確実に断るのなら「あなたは私の『番』ではない」と一言で済む。「番」の習性を持つ竜人にそう言われたら、誰だって納得する。でも言えなかった。
それを口に出せば、永久に彼を失ってしまう。いわば最後の執着だ。
竜族の「番」に対する独占欲は強く、その愛は重い。
幸せを見守ると決めた、それなのに――。
嫉妬で暴れる? それはもう愛の告白に等しい。竜人が嫉妬するのは「番」のためだけだもの。
あの舞踏会のダンスで、私は自分でも気づかぬうちに致命的な失敗をしていたようだ。
「…………そうよ」と私は声を絞り出す。もう降参するしかない。
レオナルドのヘーゼルの瞳が揺れ、そっと手を伸ばして私の髪飾りに触れた。
あの日以来、ずっと私の髪にある彼から贈られたあのスタールビーの櫛だ。花火のような煌めきは、時が過ぎても褪せることはない。
「これからはレベッカだけだと誓うよ。残りの人生を共に生きてくれないか」
レオナルドはその場に跪き、私の震える手に口づける。そしてニカッと笑って立ち上がると、私の瞳から流れる涙を指で拭った。
「俺は間に合ったか?」
その一言で私は理解する。卒業後、私に求婚したことなど忘れたかのように、さっさと結婚し子どもを作った理由。正妃を置かず、ずっと側妃だけだった理由。すべての側妃を平等に扱った理由を。
彼は早く跡継ぎを作り、早く引退し、後腐れなく後宮を閉じたかったのだ。
自分の一番を手に入れるために――。
「間に合ったわ」
ちょっとオジサンになっちゃったけど我慢するわ――と憎まれ口を叩くと、レオナルドはクスッと笑って、涙で潤む私の紫の瞳をじっと見つめた。
それから私を抱き寄せ、耳元で囁く。
「やはり、君はキレイだ」




